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『先輩は言いたいことはちゃんと言える人じゃないですか。普段から弱み握られてる俺にでも構わずズケズケ文句を言ってくるのがあんたでしょ? それがこうやって妙に下手(したて)に出てこられて、俺の機嫌を伺う理由が思いつかないんですよ。自分を省みたとか、そんな理由だけじゃないだろ? 本当の理由は? ……なにがしたいの?』  ──……そうだよ。  俺は言いたいことを言ってきたんだ。  けれどこと恋愛が関わると余計な感情が俺の邪魔をして、言葉も行動もありのままを変えてしまうことを、三初は知らない。 〝離れてしまうのが嫌だ〟 〝迂闊な言葉や行動で傷つけたくない〟 〝相手の一挙手一投足で心を揺さぶられるんだとバレて傷つけられるのは怖い〟  俺だって、好きな相手には言いたいことをちゃんと言えなくなるということを、コイツは知らないのだ。  俺には冷たくしたくせに、出かけていた事実をひた隠して優しく荷物を持ってやるようなアイツは誰なんだって。  アイツのようなタイプがお前の好みなら、俺は欠片も合わないじゃないかって。  それを気にして臆病風に吹かれて機嫌を取ろうとしてるんだって、お前にだけは、言えるわけねぇだろうが。 「っ……じゃあっ、お前は、なにがしたいんだよっ……?」 『別に? 俺のことはいいじゃないですか』 「〜〜〜〜なんだよそれッ!」  それほど必死になって喜怒哀楽を捧げて縋りついているのに、自分の感情一つ、思考一つ俺には与えない三初の返答に、かけ上った血液が音を立てて爆発した。  大嫌いだ。  こんな男──大嫌いだ! 「人を散々問い詰める前に言いたいことがあんならテメェが言えばいいだろ!? こっちは言われなきゃわかんねぇんだよこの意気地なし!」 『そんなことわかってますけど。それができない人もいるんですって。さっきからいちいち|弄《いじ》れたことばっか言って、マジでかわいくねぇわ。この卑怯者』 「せぇなほっとけ! わかってンなら動けよ! さっきからいちいち主題から逃げやがって……! わかったような顔して、テメェは俺のことなんかなんにも知らないくせによっ!」 『いやそっちこそ自己完結とかやめてもらえますか? そういうのダルいんで。てか今更他人行儀な優しさ? 俺に優しくできんの? 今キレてんのに? 慣れないことしようとしてそれが正解かわかんないからってヒヨってんのバレバレですよ? いい歳してクソ情けない愚行ですよね。恥ずかしいでしょ』 「ほざくなッ、いい歳していちいち煽って遠回しばっか逃げ腰のクソガキが!」 『はいもう黙っててくれますバカ耳障り』 「黙れ臆病者の意地っ張り野郎ッ」 『うるさいヘタレの天邪鬼野郎』 「あ?」 『は?』  お互い怒涛の勢いで溢れ出す罵声を後先考えずに投げつけまくったあと。  静と動のまま矢継ぎ早に気持ちだけで語り尽くしてお互いに苛立ちが現実と綯交ぜになり、シィン……と静まり返る。  叫んでいた言葉はいつの間にか全部、自分への罵倒に変わっていた。  俺はそうでも三初は違うだろうから、今の罵り合いは全て俺の汚点を列挙した低レベルな発表会だ。救いようがないアホだ。俺は。こんなことを言いたいわけじゃなかった。 『……チッ……』 「ッ、……フン……」 『……。……』  通話の向こう側から低くドスを利かせて聞こえた舌打ちに、ドキ、と心臓を掴まれた気がした。  そんな気持ちを誤魔化すようにふてくされたフリをして息を吐く。  三初は一瞬息を詰まらせ、黙った。  頭の中が〝なんでこうなったんだ〟〝もう嫌だ〟〝大嫌いだ〟だけで埋め尽くされる。どれもこれも今更なかったことにできない理由を持つ感情だ。  吸って、吐いて。  ゆっくりと深く深呼吸して、ため息で間を持たせながらガシガシと頭を掻いた。  どうしてこうなったかわからなくても、もう投げ出したくても、嫌いになってしまいたくても、そうしたくないしそうできない。  終わりが一番、嫌だから。 「俺はただ、テメェに甘えすぎてたってことを謝りたかっただけだ」 『俺はそれ、求めてないって言いたいだけですよ』  冷静ぶって言いたいことの上っ面を伝えると、どうしてかそれを否定された。  わけがわからなくて頭がこんがらがる。  うまくいかない。  ──それを気にしていないなら、どうして今日は様子がおかしかったんだ?  俺とお前の変化なんて、体を重ねて、名前を変えないままただの先輩後輩より深く過ごすようになったことくらいだろ。  だから俺は勘違いしてお前にさらけ出し、お前は気にしないだろうと甘えて頼ってもたれ掛かりすぎた。お前がなにも言わずに俺に付き合うことが当たり前になっていた。  それが不満だったんだろ?  だって、俺以外には普通だった。  俺の知らない誰かには、俺の知らない顔で笑ってたじゃねぇか。  俺には嘘を吐いて、謝ってみても拒絶される。俺の行動は裏目に出る。本心なんか言えやしない。逃げていることがバレているのが恐ろしいと、心のどこかで抱える。  ドスン、とソファーに腰を下ろす。  膝の上で握った手が冷えきり、白くなっていた。 「なんでだよ……」 『そんなの、…………我慢ならなくて、ムカつくからです』  尋ねる声が、迷い、震えている。  その返事の意味はなんだ。そう答える理由は、俺にそれを求めていないお前の感情の根拠は?  絞り出した「意味、わかんねぇ……」という言葉に、通話の向こう側からボスン、と柔らかなものへ倒れこむ音が聞こえる。 『…………俺はあんたが先輩らしくして、今更俺から距離取んのが』 『要くん』  突然、耳に馴染みのない声が届いた。

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