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「…………」
三初が拗ねている。
それに気づくと、変な気分だ。ポカポカと謎に胸の中が温度を増す気配を感じ、ついさっきまで触れていた手を口元にやる。
……ヤベェ。俺を弄ぶ強敵、胸キュンってやつが来やがった。
「お……お前は俺のことを、なんでもわかっているのかと思っていた、んだけど」
「先輩の行動のきっかけがわかればね。そら少し先ぐらい予測できますけど。突然だと、流石にわかりませんよ。特に御割犬は飼い主を振り回す狂犬ですから」
「犬扱いすんな。って、……お前、俺の笑顔が嫌いなんじゃなくて、愛想笑いされんのが嫌なのか?」
「だったらなんですか」
なんですかって、いや別に。
ちょっと、かわいいと思って。
手のひらの中で声のない返事をして、視線を逸らしたままふんぞり返る三初を、マジマジと見つめる俺。
俺には視線を逸らすなと言ったくせに、自分は勝手に逸らす俺様野郎だ。
二人っきりの誰も見ていない静かなオフィスで、俺たち史上一番自分の考えをあけすけに伝え合っているこの状況でも、徹底的に突っぱねて、徹底的に俺を追い詰める。
『思考回路が噛み合わなくてめんどくさい相手でも、ソレがイイの。やめたくてもやめらんねぇの。興味持たせようとしても、思ったとおりの反応してくんねー……そーゆーとこが、好きなの』
三初が好きな人を語る時、そう言っていたことを不意に思い出した。
……なるほどな。
悔しいけどすっかり納得しちまった。
やや首を傾げて顎を上げ、長い手足を組み、窓のほうへ視線をやる男。
文句なしに格好いい。ムカツクけど、外側だけならそうは見ないイケメンだ。
蓋を開ければドロドロに黒く煮詰まった得体の知れないものがとごっていて、迂闊に手を出すと毒になる劇物だとしても。
その劇物にも、かわいいところがある。
「三初、拗ねんなよ」
「また老眼の始まりですか」
「だってこっち見ねェじゃねェか」
「目が胃もたれ。てか、拗ねてるってわかってたらいちいち指摘しないでしょ? マジデリカシーねー。それでよくどこの馬の骨かわかんない男に懸想してますよね」
「うっせぇ。お前は例外だからいいんだよ」
「…………めんどくさい」
拗ねた馬の骨は吐き捨てるように言って、今度は顔ごとそっぽを向いた。
「三初、俺はお前の考えてることがちっともわからねぇ。だから……ちょっと投げやりになってた。焦ってたし、意地にもなってた。それはお前が例外だからだ」
「……そ」
「お前に嫌われたと思った。嫌われたくないやつには、俺は臆病になるんだよ」
「は?」
それが例外。
そう言うと、三初は弾かれたように首を動かし、今度は俺がマジマジと見られるハメになった。
少し、手が震える。
「お前には片想いの相手がいただろ?」
「まあ……そう、ですけど」
「俺はそいつ、見たんだ」
「……鏡?」
「あ? 名前は知らねぇけど、凄く綺麗なやつだった。線が細くて、優しく笑えるような……俺とは違うタイプ」
その時の俺はお前にいつも乱暴な態度を取って、仕事や私生活でもフォローされて無自覚に甘えていたことを、省みていた。
だからお前の好きな相手を知って、それが全然俺と違ったから、怖くなったんだ。
お前に謝って、そういうタイプになれるようにしてみようと思った。
ゆっくりと説明すると、モール内での出来事と電話の向こうの声を思い出して、ギュ、と胸が痛む。
名前はカガミじゃなくてマモリだった気もするが、カガミだったらしい。どっちにしろ知らねぇ名前だ。
気落ちしてしまう俺を見ていた三初は、話が進むにつれて「あ~……」と唸りながらデスクに向き直って嘆き、頭を押さえてまた振り向いたり、また唸っていた。
その行動の意味もよくわからねぇ。
俺に好きな人がバレたのが、嫌なのかもしれない。
「……先輩はさ、俺にどう思われてると思ってるんですか?」
説明が終わるとややあって、三初はやややさぐれた表情で俺を睨みつけた。
ちょっと目が据わっている。なんでだよ。
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