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メッセージを受信した気配を感じ、会話を中断する。
けれど、誰だかわからない送り主を確認すべくスマホに視線を移した直後にガチャ、とバーのドアが開いた。
チリンチリン、とドアベルが鳴る。
「あ」
……聞き覚えのある声だ。
スマホを見ようと下げかけた視線がそちらに持って行かれてしまい、嫌な予感がしつつも来客に顔を向ける。
向けて、すぐに逸らしたくなった。
「…………」
「あらら。奇遇ですね、御割さん」
そこにいたのが、人様の恋愛事情をおもしろおかしく引っ掻き回す天才こと三初の幼なじみ兼上司──間森ゲスマネージャーだったからだ。
ちくしょうめ。
なんでまたしてもこういう時に現れやがるんだ、呪われてンのか……ッ!
俺は間森マネージャーを視界に捉えた途端、それはもうテメェまさかこっちへ来るんじゃねぇぞという拒絶を全面に表す凄まじい表情をしていただろう。
そのくらいの敵意を込めている。コイツは本気で俺と相性悪ィからな。
しかし間森マネージャーは間森マネージャーなので、俺の威嚇なんで屁でもない。
馴染みの客らしい奴らに片手を上げて微笑みながら、当然のように俺の隣に座ってナーコに酒を注文した。
いやアンタ数ヶ月前まで関西本部勤務だっただろ。
馴染むほど通ってンじゃねぇよネオンピンクのゲイバーにィッ!
「おい。なぜわざわざ隣にいらっしゃるンですかね」
「ウフフ、お疲れ様です。御割さんって顔に不本意ですって書きながら私に渋々敬語使いますよね、ギリギリアウトの言葉遣いで。私上司なんですけど。いやぁブレないなぁ……うっかり押し倒したくなっちゃいますねぇ……」
「うるせェですよ。ご不満でしたら無礼講でよろしいですか。今プライベートなんで。あと殴ってもよろしいですか」
「いやだな、御割さんのようなガタイのいい方に殴られるとか弱い私困っちゃいます。拒否で」
語尾にハートでもつきそうなトーンで拒否されて殺意が沸く。
俺の沸点が低いというのもあるが、単純にこの人が好かないのである。
三初が恋愛的に好きで狙ってるってわけじゃねぇから別にそういう意味で警戒はしねぇし、嫌いってわけでもねぇけど、主に私情の行動が鬱陶しい。
いちいち俺をからかうために三初に絡んだり、三初に構ってもらうために俺に絡んだり。
このお綺麗な笑顔で「休憩ですか? ついでに一発どうでしょう」とのたまいつつ親指をクイッ、とトイレに向けるようなオープンゲイなのだ。いやオープン変態なのだ。マジでやめろ。
「やっだぁ。キレイちゃんとシュウちゃんってお友達だったの?」
「ンなわけねぇだろ。こんなもん、ただの公然猥褻上司だ」
マネージャーの前にコトンとグラスを置いたナーコへ、即座に否定の言葉を返す。ダチは選ばせろ。
「つれない子ですねぇ。そうそう。私、そういうところがますますねじ伏せたい系御割さんの上司です」
「あぁッ? 今すぐネジ食って消えてほしい系すね」
ニコニコと無駄にお上品なスマイルでいらない説明を付け足すマネージャーへは低音で唸り、しっしと手を振った。
社会的にはさておき、個人的にはコイツにどう思われようがどうでもいい。
職場の繋がり以外で飲んでやるような仲じゃねーし。はよ去れ。
そんな俺たちを見守るナーコが、頬に手をあてて微笑ましそうに笑った。
「あら~仲良しじゃない。あ、そうだ! キレイちゃんって経験豊富そうだしSMプレイとかにも詳しそうだから、シュウちゃんのお悩み相談してみたら?」
「はッ!? ふざけろッ!」
なにをどう見て俺とコイツが仲良く見えたんだコラ。
上司じゃなければもうちょっと前面に嫌悪感を押し出した罵倒をしたぜ、俺はなッ!
額に青筋を浮かばせた俺はコソコソとナーコの耳に口元を寄せ、間森マネージャーに聞こえないよう距離をつめる。
「いやんシュウちゃんったら大胆っ」
「違ぇわ! コイツはな、悩みの理由を知ったらゼッテェ面白おかしく掻き回して、最終的に俺の男に報告しやがる悪の手先なんだよ……! こんなとこいるのがアイツにバレたら、俺の命も今日までなんだぞ……!?」
「こんなとこって失礼しちゃうワ」
プリプリと怒るナーコは「でもそうねぇ。カレシにナイショでゲイバーっていうのは勘ぐられちゃうし危ないわよね」と言う。
そうだ。俺にその気がなくとも、三初の目から見ると俺にその気があるように見える。それがまずい。
隠れてってのも信憑性が高い。
高いのに、俺は本当の理由をアイツに言いたくないのだから隠し通すのだ。
ナーコはオッケーと指で丸を作り、俺がお忍びでここにいることは内緒にしてくれると頷いた。
ほっと一息を吐く。
……こうやって俺がバレると困り機嫌を伺う相手は、三初だけだ。
逆を言うと、アイツ以外にはそれほど深刻に悩まされたりしない。
それにどうせサドとマゾを兼任しているマルチゲス男にとっては、俺の悩みなんざお遊び程度のものなんだろう。
──仕方ねぇな。今日は諦めて、また来週にでも仕切り直すか。
面倒事の予感からはさっさと離れたほうがいい。
そう思った俺はここから出るため、カバンを取る。
「もう帰る。ナーコ、会計」
「まあまあ御割さん。要くんにナイショでゲイバーに来てるってことは、なにか男同士ならではのお悩みがあるのでしょう? 愛情関係は良好に見えますので、セックス関係でしょうか……」
「暴君族はエスパー能力持ちばっかりかよッ!」
しかしポンと肩に手を置いて微笑みかけられ、思いっきり頭を抱えながら声量控えめで叫んだ。
うふふじゃねぇんだよクソが!
言い当てんなッ! そして聞こえてたのかよ地獄耳マネージャーめ……ッ!
プルプルと震える俺にナーコがどんまいともう片方の肩をポンと叩く。
三初が楽しい(と俺が勝手に思っている)SMプレイのなんたるかもわからず、エスケープもできず、恥を晒して踏んだり蹴ったりだ。
そうして、こうなったら敵から塩をふんだくってやる、とやけくそになった俺は、血走った目で間森マネージャーに夜の相談を投げかけるのだった。
──見そびれたメッセージを記憶の遥か彼方に押しやって。
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