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30(side三初)

 仕方なく電話をかけてみるが、反応はなし。 「ふーん……手始めに、監視アプリ入れさせたくなるなぁ」  そう思うのは束縛ではなく、単にこういう時に探しに行くのがめんどくさいだけだ。  事故って死んでいたら寝覚めが悪い。  あの眼光で不審者に襲われるとは思わないけれど、刺し違えていることはありそうだ。  ローテーブルに本を置いて、ソファーから立ち上がる。  夜着を脱いでウォークインクローゼットから適当にダークカラーのストレッチパンツと白のカットソーを取り出し、着替えた。  手前にあったグレーのニットジャケットを引っ張りながら、スマホを弄る。  連絡を入れると何度目かのコールの後『もしもし』と声が聞こえた。 「あーお疲れ様です。突然ですけど、御割先輩いますか?」 『すっごい突然だなー。いねぇけど、なんでよ?』 「ちょっと踏みつけたくなったんでね」  余計な理由は言わずに本当のことを言うと、通話相手である周馬先輩は、カラカラと笑う。  なんか周馬先輩の従兄弟と飲むって言ってたし、一番逃げ場の確率が高かったんだけど、いないか。  ということは、飲み屋でなにか面倒事が起こったか、道中でなにかあったわけだ。  引っ張り出したジャケットに袖を通して、ため息を吐いた。  普通に酔ってるだけなら近寄り難いし誰の言うことも聞かなくなるだけだし、いいんだけどさ。  泥酔したら、あれヤバいからね。 「んじゃ、飲み行ったらしいんですけど、どこか知ってます?」 『あぁ、そうだったなー』  財布とキーケースを手に、ゆっくりと歩いて玄関に向かった。  正直めんどくさいが、やはりどうしても放っておこうとは思えない自分に、やれやれと肩をすくめる。  まぁ……読書に戻っても本の内容が頭に入ってこないので、仕方なくだ。  ドアノブに手をかけた時、スマホの向こうから居場所が告げられた。 『そうそう、シュウな。今日は俺の従兄弟がやってるゲイバーに行くってよ。SMを学ぶとかなんとからしいって、夏賀、あぁ俺の従兄弟な。そいつが言ってたぜ』 「……あー、なるほど」 『地図送ってやるよー』  ピタリと手が止まり、すぐに分厚い仮面を被る。  SMね。SMって、あーそういえば、興味持ってたなぁ。  ガチのやつなんか、好きじゃないだろうって思ってたけど……へぇ、あぁ、そう。  浮気は絶対しないだろうなぁ。  でも、お勉強しに行くことはあると思う。  その理由はなんだろう。俺の虐め方じゃ物足りなくなったのかねぇ。  ほんの一瞬の間に、俺の頭の中は先輩の行動に辻褄を合わせようとするシステムが働き、思考が走る。  けれど表向きはいつもどおりの笑みを浮かべて、声に本心が出ないように作り、ゆっくりとドアを開けた。 「周馬先輩、ありがとうございます。なにかあったら言ってくださいね。多少無茶振りでも、お手伝いしますよ」 『うはは、なんだよー? 今日デレ期じゃねえかぁ。まぁシュウのことならだいたいわかるから、お易い御用だ』  日頃天然で情報をリークしてくれる周馬先輩を冷静に労い、トン、と通話を切った。  恋人だって知ってるらしいし、俺が情報を悪用しないとわかっているからだろうけど、周馬先輩は部署が違っても後輩思いのいい先輩だ。  春の生ぬるい夜風に仮面の頬をなでられ、エレベーターを目指し歩き出す。 「さて、悪い先輩には…………お灸をすえてあげようか」  風が触れただけで消え失せた仮面は、あの人の前では本人公認で被らない。  スッピンの俺は、それはもう口角だけをひねりあげて、どういたぶるのかを考えていた。

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