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 そうして薄く目を閉じて静かにベッドサイドに座ってから、半時間ほどが経過した頃だ。 「……ふぁ……」  眠ったかと思っていた三初(が潜っている布団の塊)から、小さなあくびが聞こえた。  なんだ、まだ起きてんのか。  もともとほとんど寝ないタイプだったせいか、薬の副作用が効いてもまだ眠れないようだ。 「寝れねぇの?」 「眠いですけど、寒気するんで……そのうち寝ますよ」 「寒気……じゃ、一緒に寝るか」 「…………」  キュピン、と名案の閃き。  俺は黙り込んだ布団の塊を放置して、のしのしとベッドに上がった。  根拠はある。美環が風邪を引いた時、よく抱いて寝てやっていた。  泣きべそかいて「修にぃ、美環が寝るまで一緒にいてね」とぐずっていたのだ。  同じように三初も抱いて寝てやれば、すぐに眠くなるだろう。  俺は筋肉質だから体温がちょっと高いので、湯たんぽに丁度いい。  そういう思考回路である。  ……あとはちょっと、からかいたい気分。  いつもガタイの大小に反して、抱きしめられてばっかだかんな。  俺がしたって構わねぇんだ。  今日は俺の天下だしよ。  モゾモゾと潜り込み、三初を背後からムギュ、と抱きしめ、頭に顎を置く。  抱きしめた体は思ったとおり、かなり熱かった。関節は痛くないらしいが、インフルだったらどうしよう。  あまり汗をかかないタイプである三初といえど、肌はしっとりと湿っている。 「問題ねぇよな? 俺だってもともと毎晩ここで寝てるだろうが。だからまぁ、普通だろ」 「ん、んー……? あー……?」 「まぁまぁ、気にすんな。寝て治すのが先だ。日常的な状況のが寝付けるって。な?」 「いや、日常とは体勢が逆でしょ……ゲホッ、ゴホッ」  チッ、目ざといなコノヤロウ。  今なら丸め込めると思ったのだが、普段俺が後ろから抱き着くなんてことがなさ過ぎて、悪戯っけを察知されてしまった。  せき込む高温の三初が腕の中で震えるのをなだめてやりながら、俺は内心ギクッと肩をすくめる。  だってよ、今日だけは俺の天下なんだぜ?  ここぞとばかりに当たり前に焼かれていた世話を、全力で焼き返してやんよ。  覚悟しやがれ、風邪っぴき。  そんで早く治せ。  治れ~治れ~、という念を込めてスリスリと頭に頬を擦り寄せて、抱きしめる腕の力を強める。  すると三初は盛大にゲホゲホと咳き込んだ後、布団の中から頭を出した。  そしてモゾモゾと身じろぎ、体を反転させて俺の頭を正面から抱きしめ返す。  オイ。なんで俺が抱きしめるのはダメで、テメェが抱きしめるのはイイんだよ。  なにルールだコラ。  視界がテメェの鎖骨一色じゃねぇか。 「ゲホッ……うぇ、や……バックハグ、は、あー……後日正式な回答をさせていただきますので、まず、なんだ……一連の担当者様の行動について、説明と弁明を、」 「黙って寝ろっつってんだよこの捻くれポンコツ野郎」  ハグのマウントを取り返した挙句に文句を言い始めた三初の背中を、ベシッと叩く。  コイツのこのビジネス対応は、確か取り繕えないほど動揺した時の反応である。  なんで俺が抱きしめたら激しく動揺したんだチクショウ。  俺にもたまには甘やかす権利をよこせ。本来俺も彼氏様なんだぞコノヤロウ。 「はぁ。名誉棄損で訴訟も辞さない」 「ケッ。風邪治してからならいくらでも裁判してやらぁ」  結局いつもどおりの体勢になってしまい、不貞腐れた俺たちはケンカ腰で抱き合う。  抱きしめられるより抱きしめるほうが断固いいらしいが、追い出そうという気はないらしい。素直じゃねぇの。 (そういうところはイラつくけど、嫌いじゃねぇんだよな)  三初の言葉は、意味がない。  行動には、必ず意味がある。  それさえわかれば、三初はもう〝どうしても理解できない存在〟ではなくなっていた。  全部理解はできずとも、腕の中には収まるのだ。そういう恋人。  ようやく大人しくなった三初の背中をトン、トン、と叩いてやりながら、俺も特にやれることがないので、目を閉じた。

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