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 それからはただかゆを与えるだけ与えて、食器を片付ける。  きちんとかゆを完食した三初には、水分補給もさせながら薬を飲ませた。  薬を飲んだ三初は布団に潜り込み、丸くなる。やはり猫のようだ。  今日初めて一人でベッドに入っている姿を見たわけだが、こいつ、弱ってると丸まって寝るタイプなのか。意外だな。 「寂しがりやって言うぜ。丸まって寝るやつ」 「迷信ですね。ゲホッゲホ、は……」  ポンポンと布団の上から軽く叩いて、早く眠れと気持ちを込める。  三初はやはり大人しく、ベッドの中から俺をぼんやりと見つめて時折せき込むだけだ。多少マシになったがこんなのちっとも三初らしくない。 (ちょっとかわいいけどな……ずっとはなんか、嫌だってか、んん)  しばらくじっと見つめていると、寂しいとは違う妙な物足りなさを感じた。  風邪をひいた三初は普段と違って大人しいが、そう思うと変な気分だ。  口さがない三初に苛立つことが多いにも関わらず、早く元気になれと思う。  庇護欲と慈愛に胸が満たされている気がした。今なら三初を美環並みに愛護できるくらいだ。  ゆるりと瞬きをする三初の柔らかな髪をなで、鼻の上まで布団に埋まった恋人に黙って寄り添う。こういう時間も心地いい。 「……ふぁ……」  そうして薄く目を閉じて静かにベッドサイドに座ってから、半時間ほどが経過した頃だ。  眠ったかと思っていた三初(が潜っている布団の塊)から、小さなあくびが聞こえた。なんだ、まだ起きてんのか。  もともとほとんど寝ないタイプだったせいか、薬の副作用が効いてもまだ眠れないようだ。 「寝れねぇの?」 「眠いですけど、寒気するんで……ま、そのうち寝ますよ」 「なら一緒に寝るか」 「…………」  黙り込んだ布団の塊を放置して、のしのしとベッドに上がる。  美環が風邪を引いた時はよく抱いて寝てやっていた。泣きべそかいて「修にぃ、美環が寝るまで一緒にいてね」とぐずっていたのだ。  同じように三初も抱いて寝てやれば、すぐに眠くなるだろう。  俺は筋肉質だから体温がちょっと高いので、湯たんぽにちょうどいい。  そういう思考回路である。──あとはちょっと、からかいたい気分。  いつもガタイの大小に反して抱きしめられてばっかだかんな。俺がしたって構わねぇんだ。今日は俺の天下だしよ。  モゾモゾと中に潜り込み、三初を背後からムギュ、と抱きしめて頭に顎を置く。  抱きしめた体は思ったとおりかなり熱かった。  関節は痛くないらしいがインフルだったらどうしよう。あまり汗をかかないタイプである三初といえど、肌もしっとりと湿っている。 「ん、んー……? あー……?」 「問題ねぇだろ? 俺だってもともと毎晩ここで寝てンだぜ。普通だろ。むしろ日常的な状況のが寝付けるって、な?」 「いや、体勢が逆でしょ……ゲホッ、ゴホッ」  チッ、目ざといなコノヤロウ。  今なら丸め込めると思ったのだが、普段捕まえられてばかりの俺が後ろから抱き着くなんて状況がなさ過ぎて、イタズラっけを察知されてしまった。  咳き込む高温の三初が腕の中で震えるのをなだめてやりながら、俺は内心ギクリと肩をすくめる。  だってよ、今日だけは俺の天下なんだぜ?  ここぞとばかりに当たり前に焼かれていた世話を、全力で焼き返してやんよ。覚悟しやがれ、風邪っぴき。そんで早く治せ。  治れ~治れ~、という念を込めてスリスリと頭に頬を擦り寄せて、抱きしめる腕の力を強める。  すると三初は盛大にゲホゲホと咳き込んだあと、布団の中から頭を出した。  そしてモゾモゾと身じろぎ、体を反転させて少し伸び上がると、俺の頭を正面から抱きしめ返す。  オイ。なんで俺が抱きしめるのはダメで、テメェが抱きしめるのはイイんだよ。なにルールだコラ。視界がテメェの鎖骨一色じゃねぇか。 「ゲホッ……うぇ、や……バックハグとか、あー……まぁ、後ほど改めて対応させていただきますので……取り急ぎ、なんだ……現在の状況と経緯について、お話お聞かせいただけますでしょうか……」 「黙って寝ろっつってんだよこの捻くれポンコツ野郎」  ハグのマウントを取り返した挙句に文句を言い始めた三初の背中を、ベシッと叩く。  コイツのこのビジネス対応は、確か取り繕えないほど動揺した時に冷静ぶる悪癖である。  なんで俺が抱きしめたら激しく動揺したんだチクショウ。  俺にもたまには甘やかす権利をよこせ。本来俺も彼氏様なんだぞコノヤロー。 「はぁ。名誉棄損で訴訟も辞さない」 「ケッ。風邪治してからならいくらでも裁判してやらぁ」  結局いつも通りの体勢になってしまい、不貞腐れた俺たちはケンカ腰で抱き合う。  抱きしめられるより抱きしめるほうが断固いいらしいが、追い出そうという気はないらしい。素直じゃねぇの。  そういうところはイラつくけど、嫌いじゃねぇんだよな。  三初の言葉は、意味がない。  行動には、必ず意味がある。  それさえわかれば、三初はもう〝どうしても理解できない存在〟ではなくなっていた。全部理解はできずとも、腕の中には収まるのだ。そういう恋人。  ようやく大人しくなった三初の背中をトン、トン、と叩いてやりながら、俺も特にやれることがないので目を閉じた。

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