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 一見普通に見えるショウガがゆは、一口でわかるほどまずいはずだ。  汁を吸ってべっちょりとしたかゆにショウガ汁をぶっかけた、と言っても差し支えないできばえであることは、自分で把握済みである。 (うぅん……熱、上がってんじゃねぇか?)  けれど三初は美味いとは言わないが、不味いとも言わなかった。  美味くも不味くもないらしいかゆを真剣に食べ進め続ける理由は不明だ。  火照った顔でアンニュイな表情のままショウガかゆを食べている。  俺がじっと見つめていることにも構わない。  最早俺を虐めて遊ぶ体力も語彙力も、丸ごと失ったのだろう。  ゆっくりだが淡々と食べるものだから、俺もなにも喋らずに見守ることにした。 「……ん……手ぇ疲れてきた」  しばらく食事を続けた後、ふう、と息を吐いた三初がそう呟く。  ベッドヘッドに頭を預け、俺に器を返した。中身は半分くらい残っている。 「もういらねぇのか?」 「あー……、いりますけど……ずっと持ちながら、手をあげてるのがしんどいんで、休憩ね……あとで食べます。ちゃんと……うん。絶対食べますから、俺のだし、片付けなくていいんで……」  なるほど、重症だ。  これはヤバイ。壊れ切っている。  プシュウ、と湯気が立ちそうなくらい発熱している三初は、オーバーヒート。  完全に普段の天邪鬼が脱げ去り、思ったことをどうにか出力するだけのガラクタとなってしまった。  暴君型完璧超人サドタイプなサイボーグが、まるで出来の悪いチャットボットである。 (完全にバグってやがる……エネルギーチャージしねぇと、三初が再起不能になっちまうぜ……ッ)  こうなってしまっては、三初の修理は俺の手にかかっているだろう。  つい幼い頃の妹を見ているような気分になってしまったのは、仕方がない。  俺は風邪菌グを舐めていたのだ。  アイツは最強のウイルスに違いない。 「よし。ほら、食わせてやる」 「ゲホッ」  ややあって、受け取った器からスプーンに一口分のかゆをすくい、三初の口元に差し出す。  俺は真剣そのものなのに、三初はせき込んだ後、俺をぼけっと見つめるだけだった。  いや、見てねぇで食え。 「うぇ、ゴホ、……なんでこう……?」 「なんでって手がだるいっつーから、俺が食わせてやれば解決だろ?」 「? …………うん。……理にかなってますね。そうか。合理的だ」  首を傾げたまま頷いたのでズズイとさらにスプーンを差し出す。  ロジカルに考えた三初は納得したようで、あ、と大人しく口を開く。  零すことなくかゆを食べさせると、それをきちんと咀嚼して「先輩、便利ですね」と呟いた。だろ? 「ほれ。あーん?」 「あ」  ──三初が風邪を引いてバグってしまったことで、また一つわかったこと。  三初は高熱が出ると、チョロくなる。  甘えてこそこないが簡単に丸め込まれる三初に、感動すら覚えながら、俺は恥ずかしげもなくあーんをし続けてやった。  それからはただかゆを与えるだけ与えて、食器を片付ける。  きちんとかゆを完食した三初には、水分補給もさせながら薬を飲ませた。  薬を飲んだ三初は布団に潜り込み、丸くなる。やはり猫のようだ。  今日初めて一人でベッドに入っている姿を見たわけだが、こいつ、弱ってると丸まって寝るタイプなのか。意外だな。 「寂しがりやって言うぜ。丸まって寝るやつ」 「迷信ですね。ゲホッ、は……」  ポンポンと布団の上から軽く叩いて、早く眠れと気持ちを込める。  三初はやはり大人しく、ベッドの中から俺をぼんやりと見つめて時折せき込むだけだ。  苦しげだったのがマシになったが、こんなのちっとも三初らしくない。 (ちょっとかわいいけどな……ずっとはなんか、嫌だってか、んん)  しばらくじっと見つめていると、寂しいとは違う、妙な物足りなさを感じた。  風邪をひいた三初は普段と違って大人しいが、そう思うと変な気分だ。  口さがない三初に苛立つことが多いにも関わらず、早く元気になれと思う。  庇護欲と慈愛に、胸が満たされている気がした。今なら三初を美環並みに愛護できるくらいだ。  ゆるりと瞬きをする三初の柔らかな髪をなでながら、不思議な気持ちに浸った。  鼻の上まで布団に埋まった恋人に、黙って寄り添う。  こういう時間も、心地いい。

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