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23(side三初)

「ゥウォウ」 『ん?』  少し自分の家族と比較していたところ、通話を終えた先輩が俺の存在に気がついて鳴いた。  あらら、見えるようになったの?  一歩前進。俺の夢、もちっと気張れよ。目標は獣姦……じゃないけど、顎を掴んでやるくらいはさせてほしい。  チャッチャとフローリングを爪で鳴らして近づいてきた先輩が、アウウォンと話しかけてくる。 「ウゥーン? ウォン、ウアゥ」 『なに。なんか聞いてるんですか。もっとヒントちょーだい』 「ガウ、アォン」  相変わらず触ることはできないけれど、視界に映ると気分がいい。  じっと黒い瞳に見つめられると、自然に笑みが漏れた。  くくく。犬になっても先輩はかわらねーなー。見てるだけで愉快だ。  しゃがみこむ俺に言葉が通じなくてフン、とそっぽを向いたが、諦め悪くアウアウとくだを巻いている。  まあそう拗ねずに。  俺もわかってやりたいんですよ。  そうして霊体の俺と犬の先輩が弊害がありつつもじゃれていると、突然ローテーブルの上に置いてあったパソコンが起動した。  書斎に置いてあるはずのデスクトップだ。なぜここにあるのかわからない。夢だからだろう。 『──要』 『……。夢、めんどくせー……』  真っ白な画面のパソコンから聞き覚えのある声が聞こえ、ふうと溜息を吐く。  それは今朝、突然会議に出ろなんて命令してきた父親の声だった。  おかげでびしょぬれのまま頭を使って愛想笑いをしていたものだから、見事に風邪っぴきで先輩に世話を焼かせるはめになったわけ。こんなん殺意でしょ。  俺は父親に興味がない。  親の会社の仕事は少しだけ、臨時雇い的な扱いでまわされて関わりを持つようにはされているけれど、それがギリギリ許容できるボーダーラインだ。  それ以上の関わりは億劫。  なにかあった時だけにしてって言ってるんだけどさ。  もう跡取りを辞退して家を出たし、嫌いでも好きでもないから、関わらないでほしいと思っている。ノリが合わない。  けど割と連絡はある。口も出す。家業を手伝えば給与も出る。うちの会社副業オーケーなんで問題ない。(わだかま)りも。  そんな感じだから、別に仲が悪いわけじゃないんだけどね。  弟とも、他の家族とも、そんな感じ。 『要、俺はお前を幼い頃から手塩にかけて優秀な人間に育て上げた。なのに、なぜそれをうちの会社で生かさない? 全てが無駄だ。お前が遊び好きなことくらい父としてわかっているが、所詮は遊び……いいかげん、気まぐれな放蕩にも飽きてほしいものだよ』  電子音で構成された父の声は、実際に聞いた声とセリフのリプレイだった。  この人は俺より感情に抑揚がない。  抑揚というか、底がない。  本気かわかりにくい態度や仕草も、呆れたようなため息も、笑わないくせに厳しく見えない好都合な表情筋も、人の目を引く見栄えのいい顔立ちも、滅茶苦茶に殴って無様に悲鳴をあげさせたい気もするが、どうせ一切愉しくない。  あーつまんね。興味もねー。  俺ってサドとは程遠いノーマルですから。先輩勘違いしてるでしょ。  エリート跪かせんの楽しいとか無表情泣かすのが楽しいとか折れないほど壊すと楽しいとか、安物のエサに食いつきませんて。むしろ残飯まである。  だってあの人がそんなふうに他人に食い物にされようものなら、ダメージなんか微塵も受けず、虎視眈々と足元を這って、ある日地獄に突き落とすのだ。  本当につまらない父親だろう。  ──俺によく似ているところが。  父の言ってることはいつも理解できるが、どういうつもりなのかは興味がなかった。  俺が家を出て適当に決めた会社に入ったことを、道楽だと思っている。  はー、なんだろ。めんどくさい。  跡継ぎは弟で決定しているのだから、もう俺が帰らなくてもいいと思うんだけど。弟もその気で異存はないし。  金と権力が大好きな弟と自由が欲しい俺とで、利害は一致している。 『あまり俺を失望させないでくれ。要はやればできる子だろう? できる者は、きちんと能力に見合ったところでそれを発揮する義務がある。やらないなら、お前はいないのと同義なんだよ。ドブ川で腐った甘い果実を、誰も口にしたがらないように。……わかったね?』  いいえ? 全然わかりません。  それがわかったなら、やってできなかった時──たぶん俺は死ぬのだろう。

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