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24(side三初)

 生まれや育ち、環境、過ぎたことは本当に気にしていない。  自分を哀れにも思っていない。強がりでも嘘でもなく、事実。 (…………だと思ってるんだけどなぁ)  静まり返った部屋で、ほんの少しだけ、過去に飛ぶ。  俺は常に笑って誰にも屈さず、本心を悟らせてはいけないと言われてきた。  そこそこ大きな会社をひとつ運営する責任者になるなら、強かでなければならないのだ。  今時世襲制なんてと笑うには、うちは徹底した家庭だった。  毎世代会社に優秀な人材がいるとも限らないから、優秀な跡取りを育てておく。  先々代からそうしてきたらしい。  簡単に言えば、英才教育の極みだ。  それも、俺は悪い面だけではないと良いように捉えた。  能力値をあげる機会を与えられてきたのは、恵まれていると思っている。事実だ。  ただそれは、先行投資。  じゃあ、一度たりともしくじったらダメ、なんだよ。  幸か不幸か、俺は大抵のことは学べば学んだだけ習得できた。  お陰でしくじることなく要領よく生きられても、そんなお家ルールが、面倒くさくなることもある。  仕事の出来高とか能力を〝俺〟と定義する世界だからだ。育った場所は。  求められた期待を外れると、戦犯のようにあげつらわれる。 〝アイツならできるかもしれない期待〟というが〝アイツがやって当然〟になったなら、それは都合のいい押しつけだろう。  それが鬱陶しくて出ていった。  それだけだ。  自分で出て行って自分の決めた生き方をしているから、今更特に嫌悪もないし、実家に戻る気もない。  だけど今日父親と話して通話を切った後に、ドッと疲れが出た。  頭が痛くてそのまま突っ伏し、気が付けば起き上がれなくなっていたのだ。 『……思っていただけで、割と気にしてたのかねぇ』  そっと過去から帰還する。  高熱で倒れてテーブルの上のスマホの画面が光った時、過った。  昔。倒れた日のこと。  習い事や勉強をキャンセルして、一人で丸くなっていた。  ため息混じりに一瞥され、なにも言わずに背を向けた父親。  ──先輩には、そうされたくない。  絶対に受け入れてくれるとなんとなくわかっていたのに、それが過ぎるとダメだ。  先輩だからこそ、甘えてしまいたくなる。  弱ってしまいたくなるから、絶対に、かっこ悪い俺は見せたくなかった。  押し付けない先輩だからこそ俺は期待されたいし、その期待を外したくないし、甘やかす側でいたい。 (……まぁ、要するにただのかっこつけ、ですけどね)  父親に嫌味言われて荒んで風邪でぶっ倒れたとか、ダサすぎる。  はぁ、全部父親のせいだろ。  本気でいつか泣かす。  どれだけ心の中で父親に呪詛を唱えようとも、俺の気分は最悪だ。  そもそも、なんで二度もこんなもん聞かされなきゃいけないのかねぇ。つまんねぇの。  せっかくさっきまでリアル御割犬(まあ夢だけど)と戯れて愉快だったのに、気分に水を差された。  俺はその場にしゃがみ込んで、何度目かの溜息を吐く。  一応家族だと、はいはいシカト、ということはできない。  だから仕事を手伝って関わり持つのを拒絶しないのに、なぜ釘を刺すのか。  体が重くて、頭が痛かった。  すぐに立とうと思っていたのだが、なぜか立ち上がることができない。  夢なのに。風邪菌は夢まで侵食するってことか。めんどくせーな。はぁ。  仕方なく立てるようになるまでじっとしていると、不意に──ペロ、と指先を舐められる感触がある。 『え……』 「クゥーン」  顔を上げると、そこには静かにおすわりしていた先輩がいた。  顔を上げた俺に、先輩はドンッと勢いよく飛びかかってくる。 『おっと』 「アゥン」  いつの間に触れるようになったのやら。  思いっきり飛びかかられたおかげで尻もちをついてしまったが、先輩はお構いなしに俺に身を寄せ、黙ってじっとしている。  その表情は犬の身ながら、仏頂面だ。  首をかしげると、いっそうグッと体を押し付けてくる。  少し考えてから、俺はそっと先輩を抱きしめてみた。  抱き心地は良好。  モフッとした毛皮があたたかい。  先輩は大人しくされるがままで、つい腕の力を強めてしまう。 『あー……ま、モフモフ効果かな……けっこう癒される』 「ウ」 『うん。……ありがたいですよ。先輩は、イイコだね』  頬を頭に擦り寄せて褒めると、先輩のたくましい尾がパタパタと揺れた。  表情は真顔なのに、わかりやすい。  先輩を抱きしめていると、さっきまで荒んでいた心が柔らかく整えられていく気がした。

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