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「とか言われても、真面目にどうでもいいんだけどなぁ……」
「うっせぇな。どんなにテメェが気にしてなかったり悪かったりしても、テメェを叱り飛ばした上で贔屓して気にかけるのが彼氏様ってもんなんだよ」
「恋愛脳? 乙女ですね、先輩」
「ほざけ。俺に恥をかかせてねぇで、自分の話をしろってんだッ」
ガルルルッとつい唸り声をあげる。
好きでこんな必死に恋してるわけじゃねぇわ。気づいたら首まで沈んでたんだよ、トラップ的なドブに。
どんどん拗ねていく俺を笑う治りかけの三初は、機嫌がいいらしい。
ちゃんと話を続けてくれたが、その話はなんとも言えないものだった。
「恋ってほどじゃないですが、俺は昔、先輩とは真逆の人に懐いたんですよね」
「真逆?」
「そう。温和で、人がいい。みんなに頼られて好かれる人」
「…………」
喧嘩を売っているのか、と念のために尋ねると、全然? と笑われる。機嫌いいなちくしょうめ。
三初の話だと、その昔、三初は家族や周囲の期待や責任を一身に背負っていたそうだ。
勉強もスポーツも一番で、いつも笑っていて、誰にでも分け隔てなく接する人当たりのいいパーフェクトな男だった。
それはもちろん仮面だ。
本性はそれもう鬼畜でワガママで気まぐれな三初である。
三初にその仮面を被せたのは父親だったが、教師や仲間も意識的か無意識的かそこに甘んじて漬け込み、結果、重責とプレッシャーをかけ続けた。
三初じゃないとできないことじゃなくても、頼み事や厄介事の解決の矛先は、三初に丸投げすることが選ばれる。
有り体に言えば、利用だ。
なんでもかんでも頼りにするという便宜で押しつけるようになった。
「こいつに任せておけばいい」と脳死で投げられるタスクに三初が埋もれても、誰も手を差し伸べることがないまでに至るほど、三初は便利な人間だった。
詳細は語らず軽く話されたけれど、それはなんとなーく、予想が着いている。
今の三初は理不尽ならば頼み事を全て突っぱねるが、その頃はまだ今ほど開き直った暴君ではないなら、人に歩み寄って協力する姿勢を取っていたのだろう。
三初はこう見えて、無条件になんでもハイハイと尽くす男ではない。
仮面を被って言うこと成すことはいい子ぶりっ子の寒々しいものだが、言い方ややり方を工夫するだけで、自分の意見はちゃんと伝える男だ。
だから嫌なことは嫌だと断って、難しいことは難しいと言ったはず。
俺が思うに、だが。
それでも聞き入れられないから、幼い三初は諦めたのかもしれない。
いい子の仮面と自分の心を両立できないから、心を殺すことにした。
親に着けられた仮面は、自分で剥がすことはできないから仕方ない。
生まれた時から強いられたことだから他のやり方も知らず、知ったところで大人の庇護下にいる一介の子どもでは、逆らえなかった。
そんな生活の中。
関わりのある人の中でただ一人、三初になにも押しつけず「大変そうだね」と声をかけてくれた先輩がいたらしい。
その人が俺と真逆の、温和で人が良くてみんなに好かれる人、という先輩だ。
先輩はただそう声をかけてくれただけだったが、何事もサラリとこなしているように見えがちな三初が大変な苦労と努力をしていることに気がついてくれた人は、初めてだったのだ。
今ほど図太くなくまだ若かった三初は、気の休まる人を心のどこかで求めていたのである。
故に思慮深いその人となら自分が相手を抱えるのではなく、支え合う関係を築けるのではないかと考えた。
恋のなりそこないだ。
恋のなりそこないだが──……期待されるばかりだった三初が、初めてそんな期待をしてしまった。
だから人の頼みごとを断れない先輩を庇うため、三初は先輩が気づいてくれたように、自分も先輩を助けることにした。
理由はシンプルなもの。
優しくすると、仕事を手伝うと喜んだから、そうした。
断れない先輩が困っていればフォローしたり、断りきれずに仕事が遅れていればさり気なく手伝ったり、三初なりに先輩に好かれようと動いたのだ。
結果は──散々。
内容は推して知るべし。
誰にでも優しいその先輩は三初の苦労に気づいて労ったわけではなく、ただ目の前の三初が仕事をしているから、その感想を言っただけ。
あの日「大変そうだね」と掛けられた言葉は、他人事でしかなかったのだ。
勝手に夢を見た自分の落ち度。
昔の先輩とやらを庇うのか、その続きを語ってはもらえなかった。
けれど結果が散々だと言うのだから、その先輩はいつしか三初を便利に思うように変わってしまったのだろう。
おかげで三初の仮面は分厚くなり、二人分の疲労を抱えて、親からのプレッシャーと化学変化で大爆発を起こした。
その先である日突然、ブチッとなにかがキレたのである。
「ま、勝手に下心でやったことだから、あの先輩はなんも悪くはないですけどね。わかったことは、自分からしても、相手に押しつけられても、最後には俺ってものが公共の消耗品になるってことですよ」
「……ハァ~……?」
こってりした内容をあっさりと仕上げて話された俺は、理解不能な不満タラタラの声を上げた。
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