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33(side三初)

 けれど表向きは「そうなんですかー」と笑顔で言って、専用カップを取り出そうとする。  そしてわざとらしく、声を上げた。 「すみません。カップが切れたみたいで……ここに置いてあるのってすぐ作る用のストックですよね? 補充用のカップはどこにあります?」 「嘘! 知らね〜」 「もー誰か補充しといてよ〜」 「ははは。先輩たち、なんにも知らないですねー」 「「えっ?」」  その返事は、引き金だ。  抑揚のない声で本音を吐き捨てた途端、空気が変わる。  ポカン、と間抜けな表情で俺を見る二人だが、男のほう、タマゴAがしどろもどろと言い訳を始めた。 「い、や? 知らねぇって別に、やったことないだけだし?」 「あらら。じゃあ仕事してねぇの? うわー給料泥棒なんだ。うちの時給かなりイイのに」 「は!? そんなんじゃ、ッ!?」  だけどそれも、ノイズだ。  うるせぇな。鬱陶しい。  口にブロックアイスを詰め込みたい衝動を、押さえ込む。 「っな、」 「……黙れ?」 「ひっ……」  ただ一歩踏み込んで、人目に見えないようにシャツを掴んで顔を近づけただけだ。  その一瞬無表情だったからか、Aからは短い悲鳴があがり、離れた後も静かなままだった。  すぐそばに立つ二人によく見えるよう、俺は調理スペースのミキサーをコン、とノック。 「なぁ、その節穴からちゃんと見えてんのかね? 答えがあるのに、なんで作れないの?」 「……っ……」  文句が聞こえないのは、質問の意図くらいは理解できたからだろう。  ここの調理器具からトッピングの入れ物から、全部、メニューごとに分量や使い方のメモがテプラで貼ってある。  テープが切れたのか、一つだけ手書きのものがあった。  見覚えのある、御割先輩の字。  これらはコミュニケーションがうまくできなくて初期教育に躓いた先輩が、恐らくひっそりと作成したものだ。  大きな背中を丸めて、ちまちまとテプラを打つところを想像すると、自然と舌打ちが漏れた。  ビク、と二人の肩が跳ねる。 「あぁ……文字、読めないのかね。雇用契約書も読めないみたいだから、仕方ないなぁ」  縮こまった二人を見下ろし、尚も嘲笑混じりの言い方で詰った。  温度差のせいで余計に話すたびに青ざめていくのも、俺にはどうでもいい。  言葉を許さない冷淡な空気は、俺が多少イラついてるからだ。 「注文。俺が三つドリンク作る間にあんたらは一つだけ。備品の補充は、したことないの? 五日いるのに? 一回も切れなかったの? へぇ、凄いなぁ。勝手にストック増えていくなら、魔法の手だね」  店の前を歩いていく客に見られても問題ないよう、俺は笑顔のまま、機械の下の扉を開く。  そこから袋に入った補充用のカップを取り出し、わざと補充しなかったカップを補充する。 「その魔法の手の持ち主の悪口言ってるとこ見るに……あんたらよりよっぽど働き者の犬っころがほとんど一人で引き受けて、歩み寄ろうと四苦八苦してたこと、知らないで高等生物顔してたってことだろ。無知って恥ずかしいね。……よくもまぁ、笑ってられんなぁ?」  五寸釘のような釘を笑顔で刺した。  シン……、と静まり返った店舗内に、俺の乾いた笑い声だけが響く。  目が笑っていない自覚はあるが、このタマゴコンビが消えてもいいと断言できる。  まったく、先輩に感謝してほしいわ。  じゃなきゃ俺の耳に不快なノイズを届けた時点で、俺はうっかり(・・・・)手を滑らせて廃棄アイス液を絶妙にぶっかけていた。  わかりやすい問題を起こすと先輩の耳に入りそうだから、軽い警告で我慢している。  まぁ最後だけは若干滲み出たかもしんないけど、寛大な措置だと思う。  俺にくだらない我慢をさせられるのは、あの人の特権だから、ね。

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