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32(side三初)
(ま。だからバイトも正社員も先輩も後輩も、全部関係ないんだよね)
ピーク時間が過ぎ、行列が粗方片付いた頃。
最後の一人の客を対応する俺の耳には、ヒヨコにも劣るタマゴ共の声が届く。
「新しい担当さん、マジやばみざわやばしじゃね? ガンガン客回してるし、ありがたいわァ。あと二日とか楽しょー!」
「それな。しかも超イケメンだしテンアゲ! 前の人はかっこよさげだったけど顔怖いし絡みにくい感? ってか焦らず丁寧に! とか、無理だし! いやいや客多すぎなんだからやってられんわって!」
「わかりみ深いわァ〜。お客さんには笑顔でねとか言われても、おまいう案件じゃん?」
ラスト対応を終えた勢いで、そのままゴミ箱に顔面突っ込んでやろうかと思った。
と言うか、プライベートならやってたわ。
俺、先輩と違って優しくないんでね。
「あはは、褒めてくださってありがとうございます。まぁ担当と言っても、俺は今日きたばかりの新人と同じですからねぇ」
竹本先輩が荷受した荷物を運び込むまでの間で、俺は客が誰もいないことを確認してから、にこやかに振り返る。
対人用の笑顔で近寄れば、タマゴ二人はテンション高く迎え入れてくれた。
あーらら。
この笑顔、先輩なら速攻違和感を察知して、理由はわからない鈍感なりに警戒するのにね。
「二人のほうが先輩ですよ。だから、頼りにしてます」
「え〜? んなこと言われたら、やっちゃうし! 全然なんでも聞いちゃって!」
「ずるっ! あたしにも聞いてね! プロってるから、なんでも教えるしぃ〜」
「へぇ。二人とも若いのになんでもできるんだ、凄いなぁ。俺も見習わないとですね?」
少し困り顔になっていた眉を上げて、今度は快活に笑った。
素笑いに見える、愛想笑いパートツー。
それでもタマゴAもタマゴBも、機嫌が良くなる。
「そうだ。じゃあこれから頼っちゃう記念に、一番豪華なフルーツカップ奢ります。竹本先輩いない間に、ナイショで。ね」
「おぉ〜!」
「やった!」
唇に指を立てて悪戯っぽく言って、湧き上がるAとBを連れ、カウンター前に戻った。
「よし。んじゃ、二人とも商品を作るように作って下さいな。できたら影に座って食べちゃって。アイスもどれでもいいよ」
「あ、みはさん待って! 俺そのフルカの豪華盛り作ったことねぇから作ってー」
「うわ、そいやあたしも作ったことない〜」
知ってるけど?
というのは、心の中でだけ呟く言葉だ。
なにも知らないおおらかな男の仮面を被る俺は、困ったように再度眉を下げる。
「えっ、そうなんですか? まいったな。竹本先輩や御割先輩は、二人にメニューの作り方を教えてくれなかったんですね」
「や〜それがそうなんだよね〜。各種作り方のラミネート渡されて、一回実演されただけで開店よ? 有り得なくない?」
「覚えられねっての! だから注文来たらできねぇのは前担がしてたってゆーかぁー?」
(教育済みなの知ってたけど……フローチャートラミネートと実演ありきの実践が〝教えた〟じゃなかったら、なにが教えたになるんだっていうね)
大学生にもなって頭が哀れすぎるコンビに、タマゴでも失礼な気がしてきた。
目の前にうっかり空っぽのドタマをかち割りたい願望を叶えようか血迷う大人がいることを、俺が仕事の代わりに教えてあげようかね。
もちろん冗談だ。
ジョーシキテキな大人はそんなことしない。したらうるさい先輩がいる。
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