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【先輩は綺麗でいながら 2】

◆fujossy様ユーザー企画投稿作品 ★「絵師様アンソロジー夏」7月6日19時公開!★ 【キーワード】 ①プール ②読書 ③先輩後輩  辺りが暗くなり、外から聞こえていた運動部員の掛け声や、吹奏楽部の演奏が聞こえなくなった頃。俺は、自分が所属しているクラスの教室にいた。  顔を上げて、時計を見る。いつの間にか、針は夜の七時を指していたようだ。  ──それはつまり、運動部の練習が終わっている時間ということ。  俺はゆっくりと、帰り支度を始めた。  プール場から離れた、その後。図書室に行って本を借りた俺は、それから今の今までずっと、借りた本を読んでいた。 「思ったより、結構読んじゃったな」  ゆっくり読んでいたつもりだったが、数時間ぶっ続けで読んでいたせいで、借りたばかりの小説は読み終わりそうだ。  こんなことなら、もう一冊本を借りておけば良かったか。……そんなことを考えながら本を鞄にしまったとき、廊下から足音が聞こえた。  開いていた教室の扉から、一人の生徒がやってくる。 「──お待たせ」  ──浅水先輩だ。  ほんの少し濡れたままの髪に、こんがりと焼けた肌。その姿は、れっきとした水泳部員に見える。 「お疲れ様です」  鞄を手に持ち、浅水先輩に近付く。  浅水先輩は近付いた俺を見て、小さく笑う。 「なにして待っていたの?」 「読書です」 「また? ほんと、飽きないなぁ……」  二人で並んで教室を出て、そんな雑談をする。  部活に所属していない俺は、こんな時間まで学校に残っている必要は……正直に言うと、ない。  読書なんて家でもできるし、実際のところ家で読んだ方が圧倒的に集中できる。当然だ。  ……それでも俺は、放課後いつも、教室にいた。  隣に立つ浅水先輩を、ちらりと見る。俺の視線に気付いた浅水先輩が、また笑顔を作った。 「どうかした?」  普段は他学年だから、関わりがない。  放課後は部活動に励んでいる中、女子生徒にもてはやされている浅水先輩と二人きりで過ごせる、唯一の時間。……それが、下校時間。  そして俺は……この時間が、馬鹿みたいに好きなのだ。  だから、浅水先輩の部活が終わる時間を、教室で待ってしまう。  スポーツ選手だから熱血なイメージを持たれているかもしれないが、浅水先輩は割とクールな人だ。部活中の私語は少ないし、大きな声を出して笑っているところなんか、俺ですら見たことがない。  浅水先輩の笑顔は、口角を少し上げる程度だが……そういう大人びた笑い方も、嫌いじゃなかったりする。  そんなクールな笑みを浮かべている浅水先輩から視線を外して、俺は前を向いて口を開く。 「部活中に、あぁいうことは控えた方がいいと思いますよ」 「あぁいうこと? ……って、なに?」  俺の指摘に、浅水先輩は身に覚えがありませんといった様子だ。  階段を下りながら、俺は口ごもる。 「あぁいうことっていうのは、その……俺と、目……目が、合ったときに……えっと」 「目?」  生徒玄関に辿り着き、一旦各々の靴箱があるところへ向かう。  外靴に履き替えてから合流し、浅水先輩が思い出したかのように頷いた。 「あぁ。……笑いかけたことを言っているのかな?」 「……はい」  なぜだか照れくさくなって、俺は俯く。  浅水先輩は俺の隣で、理由は分からないが楽しそうにしている。 「相変わらず、照れ屋だなぁ」 「照れ屋ってわけじゃ……ッ!」  浅水先輩の言葉に、頬へ熱が集まった。  どうやら、浅水先輩は『俺が浅水先輩に微笑まれてドキドキするから、そういう行為を控えてほしい』と、言っている。……そう、誤解したらしい。  浅水先輩に笑顔を向けられて、ドキマギしているのは否定しない。……が、今さっきの言葉はそういう意味で言ったものではなかった。断じて。 「お、俺がどうこうじゃなくて……ファンの子が、誤解しますよ」 「誤解?」  自分が興味を持っていない相手にはとことん鈍感な浅水先輩は、俺の言いたいことをいまいち理解していないようだ。キョトンとした顔のまま、小首を傾げている。 「自分に笑ってくれたんだって、思っちゃう人も……いるかも、しれないじゃないですか……」 「ふーん?」  つまらなさそうな相槌を打って、浅水先輩が前を向く。 「いや、浅水先輩。『ふーん?』って……!」  浅水先輩のことを考えて進言しているのに、他人事のような反応。浅水先輩らしいと言えば、らしい。  だが俺は、軽い雑談のつもりで言ったのではないのだ。

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