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最終話

「こんなの、こんなの違う……俺は、俺は……!!」 「お、落ち着いて智紀くん、僕は大丈夫だから」  智紀はひどく混乱し、狼狽していた。しかし、こんな状況だというのに下半身が反応を示し、勃起している。そして萎えることなくさらに硬さを増していった。恋人の首を絞めて興奮しているかと思うと、吐き気が襲ってくる。 「なんで、なんでっ……!? くそ、おかしいだろ、ッ……くそ!」  興奮を収めようと、何度も拳で膝を殴りつけた。自分への怒りと恐怖でいっぱいの智紀は、激情のままさらに暴れだしそうだった。  そんな時、振り乱していた頭を掻き抱かれて、薄い胸に頰がぴたりと触れた。葵がパニックに陥った智紀を抱きしめたのだ。甘い香りとぬくもりで、心を乱した智紀は少しずつ落ち着きを取り戻していく。  大丈夫、大丈夫、と囁かれ、智紀はこみ上げてくる涙を抑えきれなくなってしまった。 「――深呼吸して、落ち着いて」 「あ、おい、さん……」 「さっきはごめんね、叩いたりして」  昂ぶった感情が少しずつ溶けていく。落ち着いていくと同時に、智紀の心は申し訳なさでいっぱいになっていた。こんなことをするつもりなんかなかった――そんな言い訳をしたところで、実際に首を絞めてしまった事実は変わらない。開いた口からは、謝罪の言葉しか出てこなかった。 「ごめんなさい……ひどいことして、ごめんなさい……」 「大丈夫、大丈夫だよ。謝らなくていいから」  まただ。葵はまた、とんでもないことをした智紀を受け入れた。あんなに恐ろしいことをしたのに、葵は智紀を拒まない。いっそのこと罵られ、切り捨てられた方がましだった。 「葵さん……俺には……貴方だけなんです。本当に、愛してるんです。でも俺、一度気持ちに火がつくと自分が抑えられなくて、今日なんてこんなひどいことして……」  智紀は華奢な葵に抱き縋って泣いていた。情けない姿を見せても、葵は体温を分け与えるようにあたたかく包み込んでくれる。  優しさがこれほどまでに痛いなんて、初めての感覚だった。 「こんな俺は、あなたに相応しい男ですか……? こんな、どうしようもないクズと一緒にいて、葵さんは幸せなんですか……?」 「幸せだよ」 「えっ?」  予想外の言葉が返ってきて、智紀はさらに混乱した。  どう足掻いても肯定的な言葉は返ってこないと思っていた。なのに、葵は微笑んでいる。愛し合ったあとに見せる穏やかで、柔らかな微笑みだ。  智紀はそれが信じられなかった。 「僕に欲情して、我を忘れて求めてくれる智紀くんの、そういうとこ、好き」  顔を上げた智紀の唇に熱い唇が触れる。ちゅ、ちゅ、と音を立てて与えられるキスは、少しずつ濡れた音を立てて深い口づけへと変化していった。 「んん……っ」  くぐもった声と乱れた呼吸の音だけが部屋に響く。  葵の手が小刻みに震えていた智紀の手に絡みつき、ぎゅっと握られた瞬間に智紀の心に甘やかな感情が湧き上がった。  葵の言葉に嘘はない。この温もりも、口づけも、全部真実だ。真実なのだ。 「愛してるよ、智紀くん。さすがに息ができないのは苦しかったから、さっきは逃げちゃったけど。でも、いつも全力で愛してくれる智紀くんが、僕には必要なんだ。だから、怖がらないで」 「……葵さん」 「それに、僕って少し……乱暴にされるくらいが好きだから」  恥ずかしさのせいなのか、少しひそめられた声に欲望が昂る。さっきからもじもじと太股をすり合わせているのは、きっと勃起を隠そうとしているのだろう。 「だからさ、怖がらないでいいんだよ。いっぱい愛し合おう?」  もう、我慢なんてできなかった。早く葵とひとつになりたい。めちゃくちゃに壊れるまで、愛し合いたくてたまらない。 「葵さん……俺も、愛してます……!! 貴方が欲しくて、もう我慢できません……っ」 「うん……いいよ、来て」  心が繋がりあった今、恐れるものはもう何もなかった。

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