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夜に降る雪

登場人物紹介 舞台:龍の国北部。茊芪汕(しきさん)絽邸(りょてい)にて。 布鳥:少年期の絽玖(りょく)が契約者となり呪いを解いた思念体。 どのような姿にも変化することが出来る。 絽玖(りょく):茊芪汕という土地と、鷹族の長を務める青年。 絽枇(りょひ):絽玖の双子の兄。自ら視界を断つことを選び、盲目となった。 棗鵺(そうや):龍国にて庭師を務めている水泡族の青年。 「よぅ」 「あれ?珍しいね。その姿でいるなんて」 そんな事を絽枇(りょひ)が言う。昼食の用意をしながら、庭園に咲く椿の花が見頃だと他愛のない会話に含む様に話す絽枇(りょひ)の声に、ふんふんと頷きながら、ちらりと視線を窓に向ければ、そこには、遠慮がちに咲く花々に埋もれるように咲く椿が見えた。 「・・・ふーん」 「ん?どうした?」 「椿ねえ」 「見たいの?鳥ちゃん」 「・・・いや・・」 テキパキと食器を用意して微笑む絽枇(りょひ)の顔を見ながら、今日も平和だなぁなんて呟いて。 夜になって、湯を浴びに向かう絽玖(りょく)から解放されたのだろう。 人の姿に化けた『布鳥』は絽邸の庭に咲く花々を愛でようと、足取り軽く散策の旅に出ていたのである。 青羽特製の間接照明が足元を照らす中を歩いてみれば、昼とはまた一味違う雰囲気を味わうことが出来る。そうして庭を歩くこと数分。 数分もの時間が経過して現在・・・。 「・・・・んん?」 庭に咲く椿を眺めるのも悪くはないと探して歩いても、肝心の花が見つからない。 これはどういうことだと思いつつ視線を下方に向けて初めて、雪に埋もれる赤に気づいた。 「椿は他の花とは違い、姿を保ったまま落ちると聞くが・・・本当なんだな」 「フフフ。初めて見たって表情してる?」 「まぁ・・?この俺様が花を愛でるなんてこの世界がひっくり返ってもあり得ないことだからな」 フフンと胸を張る布鳥を前にして絽枇の頬が微かに緩む。 「花が咲けば庭も寂しくなくなるだろう・・なんて言ってたけど・・ちゃんと咲くかどうかまでは分からなかったからね・・」 「棗鵺(そうや)に感謝しないとな」 「そうだね」 そう呟く二匹の脳裏に、せっせと鋏を手にして剪定に奔走する棗鵺(そうや)の背中がふと過る。 「不自由な身体を動かして庭を整えてくれたのだもの。ありがたいよね」 「・・・・・ほんっと・・お前等兄弟って得手不得手の差が激しすぎるんだよ」 『なんですか!?このっ・・この・・荒れた土地は!?あぁあぁもぉ・・!』 頭を抱えながらそう叫ぶ棗鵺の姿が何だか懐かしい。泣く子も黙る武将二匹を前にして、荒れた庭を生き返させる為だとこき使うことを宣言し、それを実行したのだから。 「言い訳させて貰えれば、うちは・・ほら。三名しか屋敷に住んでいないでしょう?忙しすぎて庭まで手が回らなかったんだよ・・」 「・・高家のほんぼんも何で苗木なんて寄こしてくるかな」 「・・うーん・・」 嫌そうな表情で呟く布鳥に対し、絽枇は腕を組んだまま「うーん」と何かを考えている。 その隣に立つ絽枇の眉が僅かに下がり 『確かにあの荒れた城では、どの花々も枯れて終わるだろう』 修繕される事無く荒れた城で一人過ごす王を想い、彼の瞼が僅かに揺れた。 私の前に咲く花はこれだけでいいと、スイフォンが摘んで飾った花を見て話す寵姫(ちょうき)の声を思い返しながら、何とも言えない感情を覚えた日を思い出す。 「・・・・ん?」 ふと、布鳥が立ち止まった影に気づいて後ろを見た。 難しい表情のまま立ち尽くす絽枇の姿に違和感を覚えながら彼に近づくと、憂鬱そうな表情で押し黙る彼の睫毛が僅かに上がる。 「絽枇?」 「うん」 「寒いのか?」 「ううん。平気」 「なら、良いけどよ」 そう話しながら、ふと布鳥の視線が絽枇の手にする包みに向かった。 「それは?」 「ああ。一杯、やろうと思ってね。厨房から頂いて来たんだ」 「よく李棵(りか)が許したな」 「まぁ。良いじゃない」 その台詞に、嗚呼と呟いて布鳥は「うーん」と大きく背を伸ばしている。 「あー・・関節が見事に硬くなってやがる・・まぁ、無理もねえんだけどよ」 いつもは絽玖(りょく)の頭にくっついているせいで、ちっとも身体を動かせていない。 彼にとっては、どんな仕草もこの姿でしか味わえない貴重な時間であることに変わりはないのだ。 「夜もいいな」 「ね。良いでしょう。この澄んだ空気。朝とは違う顔をしていて結構好きなんだ」 「ああ。何だか分かる気がする」 「そういえば、これはお酒なのだけど・・鳥ちゃんは飲んでも良いのかな?」 そう呟いて悪戯っぽく包みを掲げる絽枇(りょひ)に、軽く笑みを返しながら 「まぁ、見てろよ」 と、締めていた衣の帯をするりと解いたのである。 「何度聞いても不思議だよねえ」 「ん?」 「声。変わるでしょう?」 「ああ。この姿になったからな。当然と言えば当然か?」 あれから、精悍な若者の姿へと変化した彼は、絽枇(りょひ)の言葉に従って落ちていた椿を一輪拾うと小さな池が見える橋の側まで進むことにしたのだ。 先ほどまで少年の姿に化けていたが、大人の姿に変わると視界も変わる。 どちらの姿が良いとは言えないけれど、どうしてなのか。 「夜にする花見も良いよね」と嬉しそうに話す絽枇の声に黙ってついて行ったことだけは確かだった。 『こいつの背中は、何故か王を思い出させる』 しっかりしているようで、しっかりしていない。どこか危うさの残るその背は何故か王に似ている。 『だからって、俺が側にいる必要もないんだろうけど。な』 「・・・・・・・・・・・・」 空に視線を向ければ、暗い闇の隙間を縫うようにしんしんと静かに真綿の雪が降ってくる。 視界を白に染め上げる様を見上げながら、言葉にならない何かを想った。 「椿。貸してくれるかな」 「ああ」 屋根の付いた木造の橋へと辿り着けば、深い闇に落ちる雪が見える。 「ここなら飲んでも叱られないでしょう」 そう話しながら、絽枇は少し大きめの器を取り出すと竹筒に入った液体を注いでいく。 とくとくと注ぐ水が艶めいて光を放つその様に僅かながらの感動を覚えながら、彼はふと視線を池の方へと傾ける事にした。 相変わらず、しんと静まり返ってどの生き物の気配をも感じることが出来ない。 「僕は・・この橋、結構好きだなぁ」 「ああ」 「はい、お酒」 「ああ・・って・・お前、それ・・」 杯と瓶子を受け取りながら視線を器に向ければ、注がれた液体に椿の花がプカプカと浮いていて、それを眺める布鳥の口が僅かに尖った。 「大丈夫だよ。水だから」 「ホントにそうかあ?」 「うん。お疑いなら飲んでみては?」 おどけたように話して笑う絽枇の表情は、どこから見ても子どものようだ。 その表情を見ているだけで、それ以上何も言うまいよと言う表情を返しながら、まあいいかと呟いて、とくとくと杯に酒を注ぐことにした。 「こういうのも・・花見って呼んでいいのかな」 「いいんじゃない?花を愛でるのに場所と器は関係ないでしょう?」 「・・ま。それもそうか」 そう呟いて、クイッと注いだ酒を飲み干せば喉の奥からふわりと香る酒特有の甘い匂いに 布鳥の頬が緩んでいく。 器からちらりと覗く、寂し気な赤に視線を戻し、また音も無く積もる雪を想う。 「闇と・・雪と・・赤か・・」 こう言う時間も、まぁ悪くない。そう呟いて。 消えた兄を探して走る弟がやって来るまで、あと数分といった所か、と。 その時の事を想像しながら、布鳥は何度目かの酒を喉へと傾けることにしたのである。 終。

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