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第1話
飼い犬に手酷く噛まれた経験はあるだろうか。
その犬を可愛がっていれば尚のこと、それはショックで腹立たしい裏切り行為に他ならない。
少なくとも俺は、一生忘れられない傷を負った。
そうだ。どうしようもないくらいに傷ついた。
こんな真似してタダで済むと思うなよ。もう面倒も見ない。顔も見たくねえ。どっかいっちまえ、と。
そう怒鳴って。
哀しげに俯くあいつの姿から目を逸らして。
ドアを指差した。
翌朝起きると、あいつの姿は家中のどこにも――なかった。
昨夜。
俺は、可愛がっていた子犬にこっぴどく噛み付かれた。
満月の夜だった。
上に圧し掛かるあいつの肩越しに、やけに明るい真ん丸の月がぽっかり浮かんでいた。
(ああ、今夜は満月か)
そんな風に認識できたのも僅かな時間で、冷静さもなにもかもを吹き飛ばすような激しさと熱によって俺はめちゃくちゃにされた。
社会人一年目の俺は、正直なところ仕事に夢中で私生活は二の次三の次になっており、家を顧みる余裕もなく、忙しさにかまけてロクに飼い犬を構ってやれていない自覚はあった。
だがだからといって、まさか、こんな風に飼い犬に牙を向けられるとは想像だにしていなかったのだ。
飲み会で同期の連中とさんざん上司の悪口やら組織体制の理不尽さやらを言い合って鬱憤晴らしをした俺は、上機嫌で自宅マンションに帰宅した。家族向けの分譲マンションは、亡くなった両親が遺していってくれたものだ。
俺一人では住むには広いので、縁あって犬を一匹飼い始めたのはかれこれ四年ほど前になる。
元々別の家の犬だったそいつが我が家にやってきたのはそいつがまだ小さい頃で、最初は手がつけられないほどやんちゃで凶暴だったあいつを、俺は文字通り体を張って躾けた。
生意気だが、実は根は素直で寂しがりやな犬を、俺は結構気に入って、時々ケンカもするけれど、……まぁそれなりに上手くやっていると思っていた。昨夜までは。
認識が甘かったと言われればそのとおりかもしれない。
元々、俺がそいつを引き取ることになった経緯も問題点も把握していたはずなのに、……四年間、たいした兆候も危険性もみられなかったからといって油断していたのだから。
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