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第1話 ①
春の風はゆるやかに頬をなでる。
この部屋にあるのが背の低い窓で良かったといつも思う。ベッドから身体を起こしただけで、十分外が見えるから。僕は外と繋がる唯一の四角から、色とりどりの花が風にそよぐのを眺めていた。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます、母さんも」
「ええ」
母さんと世那 の声が聞こえる。朝に心地いい涼やかな音。聞く人を思わず笑顔にさせる、そういう魔法を世那の声ははらんでいる。あとどれくらい、僕の耳はこの幸せを拾えるだろうか。
「――行ってくる」
打って変わって、ワントーン低い不機嫌な音。部屋のドアが開いた瞬間にまるで別の声を放り込んだ世那は、いつもと同じ高校の制服を着て、いつもと同じく不機嫌そうな顔をしていた。
「行ってらっしゃい」
僕はまるで意に介していない――真正面から当てられる機嫌に気づいてすらいないような笑みを浮かべてみせる。ん、とおざなりに答えた世那は、一瞬だけ泳がせた目をすぐに伏せて、ぱたんとドアを閉じた。階段をおりる足音がして、家の中は静かになる。
言えばいいのに。
毎朝、毎晩見続けて、もう細部まで分かってしまう世那の顔を思い出して、僕は小さく笑みをこぼした。嫌いだって、嫌だって言えばいい。もうここには来ないって。そうしたら楽になるのにしないのは、世那の性格ゆえ。本当はとても優しくて、真面目だから。
あんな態度を取る反面、本気で嫌いではないから僕を切り捨てられない。
世那がドアを開けなければ僕と会うこともないのに、仮にも双子である世那と僕の関係を案じる母さんに言われているから、顔を出すことはやめない。実際母さんの思惑としては、最低限度の接触を持たせたいだけなのだけれど、世那はそれに関わらず、やると決めたらやるのだ。
大変だと思うが、オリジナルとしては合格ラインに違いない。
でもだからこそ本当はもっと、嫌っていいのだ。嫌わなくてはいけないのだ。
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