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第1話
僕はクラスの中で一番背が高かった。だからその分、力も強くて頼られることが多かった。捨て子で、優しい夫婦に引き取られたまではよかったものの、その夫婦に子供が生まれてからの扱いは空気のような扱いをされていて、寂しかったんだと思う。クラスのヒーローとして扱われることが嬉しかった。
頼まれれば何でもした。森の中を探検したいと言われれば付き合ったし、そこで怪我をしたときは、親に怒られるクラスメイトを庇って、全部僕のせいだと言い張った。けんかの手伝いもしたし、落とし物をしたともなれば遅くまで川の中を探索した。
おかげで僕はクラスの人気者だった。たくさんの人が声をかけてくれたし、学校では1人でいることはなかった。
通学路にある駄菓子屋さんは、僕たちのたまり場で、そこを営む老夫婦は特別、僕に優しくしてくれた。時折、「秘密だよ」とお菓子をおまけしてくれたりもした。
だから、僕は家よりも学校が好きだった。
賑やかな教室、たくさんの友達、僕を気にかけてくれる老夫婦
そう、小さい頃はよかった。
アルファだとかベータだとかオメガだとか、お互いに自分の『別性』なんて知らずに過ごした。
小学5年生のことだった。体育館に集められ、一斉に採血が行われた。それは、『別性』を判定するための検診だった。
今後、頭脳にも体格にも恵まれるであろうアルファ、そうだったらいいな、そうでなくてただの人間、ベータだったとしても、皆と一緒なのだから、きっと楽しい。「やっぱりそうだったか」なんて、友達と愚痴を言い合いながら教室に戻る様をお気楽にも想像していた。
簡単な検査だ。細い針で指の腹を刺され、溢れてきた血液を検査用紙に直接つける。結果は血液の色の変化によってすぐにわかる。
覚えている。
僕を担当していた医師は血の色を見、僕を見、もう一度、無言で指の腹を刺した。そして再度結果を確認し、呟いた。
「オメガだ」
その日から僕の生活は一変した。まず、住む場所と学校が変わった。オメガ専用だという学生寮に連れてこられた。父さんと母さんは「情けない」と泣くばかりで、僕の方を見てもくれなかった。
そして、そこで、教育を受けた。
漠然と口に出すことを禁じられていたオメガという別性について教え込まれた。いかにオメガが弱い存在であるか、アルファの存在がいかに大切であるか。それから、もうひとつ、繰り返し見せられたものがある。それは、いかにアルファが怖い存在であるか、オメガをどういうふうに扱っているのか、そういうものだった。
「うちの学校の品評会にくるアルファは、別だけど」
先生達は繰り返しそう言い、入学まもない頃から品評会への参加を促してきた。
学校は森の奥にあり、更に高い壁で囲まれていて、外に出るのは難しそうだった。定期的にある発情期さえ抑制剤でうまくコントロールができれば外で仕事に就くことも可能であるそうだが、その成功例は少ない。
僕もそうだ。薬の量を増やせば副作用である眠気が酷くなり、下手すると一日中眠ることになる。かといって、薬の量を減らせば、発情期が訪れ、苦しむ羽目になる。
「碧 、お前はこの先どうしたいんだ。もうすぐ卒業だぞ」
「わかって、ます」
「お前の場合、アルファに番になってもらわないと、まともな生活は送れないだろう。それなのに、まだ一度も品評会に出席していないな」
「はい」
「このままだと、卒業後は」
先生は口ごもった。
知っている。この学校は多数のアルファの反対を押し切って作られたものらしい。オメガに小学校から高校までの教育を行わせること、可能な限り外で生活ができるよう取りはからうことを目的としている。アルファと番になるか、抑制剤でのコントロールがつくか、そのどちらかが外での生活をする上では必要だ。その両方が不可能である場合は、卒業後、アルファの運営する別団体が引き取るようになっている。
そこでのオメガの扱いは、ひと昔前のものらしく、あまりよくはないらしい。
「次の品評会に出させて下さい」
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