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第2話
品評会は、アルファ達へのオメガお披露目の場だ。ここに来るアルファ達は、学校側から厳しい審査を受けており、家柄人柄ともに良とされた者しかいないらしい。
「ええ、続きまして、4番、鈴鳴 碧。彼は今回は初めての出展になります。いかがでしょうか。華奢な体つき、白い肌、漆黒の髪、まさにオメガの特徴を集めたかのような整った顔立ちをしております。発情期に関しましては、抑制剤でのコントロールが困難で、皆様の手を煩わせることになるかとは思いますが、勉学にも非常に熱心に取り組んでおり、あと1ヶ月で最優秀の成績で卒業する見込みになっております。どうか、皆様のご厚情を賜りたく……よろしくお願いします」
先生に促され、舞台の中央へと進み出る。たくさんのアルファの目にさらされ、緊張と恐怖で喉が詰まった。黙って深く頭を下げる。
僕は今日まで品評会を避け続けてきた。ヒーローであった自分を捨てることができなかったからだ。だって僕の正体は、ただの捨て子で、拾ってもらった両親からも見放された、客観的に見てしまえば、かわいそうな子供だったからだ。
怖い。
今日、今日決まらなければ、僕は。
今まで何の意地を張っていたんだろう。先生達は何度も僕を出展しようとしてくれたのに、抑制剤の副作用を理由に断ってきた。そして、望みも持っていた。もっと抑制剤を飲めば、もっといい薬が出ればもしかしたらって、そう考えていた。
怖い。ここのアルファ達に選んでもらえなければ、僕は外のアルファの世話になるのだろう。頭の中で繰り返し見せられたビデオの内容が蘇る。
性奴隷、玩具、ペット、使い捨ての性処理の道具、親もいない、何の後ろ盾もない僕がまともな扱いをされるわけがない。
怖い。
「碧!」
そのとき、大きな声が聞こえた。まっすぐに、僕の方に向かってくる男がいる。覚えがあるその顔に、まさかという思いがこみ上げる。
彼は舞台に飛び上がると立ちすくむ僕を抱きしめた。知らない、大きな身体、低い声、けれど知っている。僕を呼ぶその声、あの頃の面影のある顔。
「り、りぃくん?」
恐る恐る名前を尋ねる。まさか。まさかだろう。
「ずっと捜していた。もう会えないかと思った。碧」
***
りぃくんこと理久 くんは、僕の小学校の頃の友人の1人だ。ううん、特別な友人だ。あの頃のりぃくんは僕とはまるで逆で、成長が遅かった。まるで女の子みたいだった。だからクラスメイトの中で誰よりも彼を守らないとという使命感があった。それは、大きな勘違いだったんだ。
「まさか、りぃくんがアルファ判定されていたなんて」
「俺もあの検査の後、すぐに学校移されたしな。ここみたいに、閉じられた場所じゃなかったけど」
「僕はオメガだったから。番に選んでくれてありがとう。助かった」
「ありがとう? それは俺の台詞だよ。夢みたいだ」
りぃくんは、身長が僕よりもずっと高くなっていた。近づくとアルファの香りが確かにする。
「っ」
「碧?」
アルファだと意識した途端、傍にいることが怖くなってきた。相手はアルファとはいえ、りぃくんなのに、身体が震え始める。
心配したりぃくんが、背中をさすってくれる。その優しい手すら、いつか凶暴なものに変わるんじゃないかと不安がこみ上げてくる。
「真っ青だぞ、誰か呼ぶから少し待っ」
「い、行かないで」
品評会の場には、たくさんのアルファがいる。会場の隅とはいえ、まだこちらへと向けられる視線も多い。そんな場所に置いていかれたくない。
「ごめん」
「謝らなくてもいい。どうした? 気持ち悪い?」
再び腰を下ろしてくれたりぃくんにほっと息を吐く。何してるんだ、僕は。めちゃくちゃだ。りぃくんを怖がったくせに、りぃくんに縋るなんて。
「オメガは、教育を受けるんだ。危機感を高めるために、これまでアルファからオメガが受けてきた犯罪じみた扱いの数々を繰り返し教え込まれる。僕は、それで、アルファ自体が怖くなって。だめ、だよね」
「そんなことない」
りぃくんは、両手を開いて僕の方に「ん」と突き出した。それが何を意味するのかがわからず、首を傾げ、彼を見上げる。
「じゃあ約束。俺からは触らない。碧が落ち着いたらここに手を乗せて」
「り、りぃくんは、怖くないよ」
「本当に?」
「りぃくんは! 怖くない!」
強く自分に言い聞かせて、差し出された手を握る。「どうだ」と、りぃくんを睨み付ける。りぃくんは声を出して笑った。
「負けず嫌いなところ、変わってない」
「別にそんなんじゃ」
「うん、大丈夫。変わってないよ。あの頃のままだ」
そのまま、りぃくんは僕の手を引き、自分の胸へと寄せた。甘い香り、アルファの香り、りぃくんの、香り。溜らず、頬ずりをすると、りぃくんののど仏がゆっくり上下するのが見えた。
おかしい。
りぃくんと密着したところが熱い。なんだかくらくらする。りぃくんの香りが、直接身体の中に入ってきて、どんどん溜っていくみたいだ。
「今日は、抑制剤は飲んでるの?」
「ん、アルファの中に行くから、いつもより飲んでる」
「それでもこれか。きっついなー」
「ごめん。僕、ずっと薬で発情期抑えてて、アルファのことも避けてきたし、だからかな、今日、少しおかしい。なんか、あつ、い。ごめん、薬、本当にちゃんと飲んでるのに」
アルファに面倒をかけるな。ずっとそう言われてきた。面倒なオメガは嫌われる。アルファに嫌われたオメガは捨てられる。捨てられたら、どうなるか。
「怖い。りぃくん。ごめん、僕、面倒くさい。ごめん、嫌わないで。捨てないで」
「とりあえず、移動するから」
りぃくんに抱きかかえられる。より濃厚なりぃくんの香りに包まれた、その途端に、いよいよ身体が発熱したみたいにだるくなってきた。頭が、朦朧とする。
僕は、一度しか発情期を経験していない。その一度も、無理矢理薬で押さえ込んで、それでも堪えきれない熱は、1人で処理をしながら、どうにか乗り越えた。そのときの、比じゃない。苦しい。苦しい。
「ごめん。ごめん、りぃくん。ごめん」
「謝るなよ」
「いいの? 僕が番で。久しぶりに会った僕が、こんなふうになっててがっかりしたよね、ごめん。まだ、項も噛んでもらってないし、やっぱりやめ」
「碧」
怒ったような声音に、言葉を止める。
ぐらぐらする。りぃくんが歩く度に、服同士が擦れ合う。それだけの刺激で、達してしまいそうだ。
会場を飛び出した先、どこをどう歩いたのかはわからない。いつのまにか、ベッドだけが置かれた薄暗い部屋の中にいた。ゆっくり、その上に横たえられる。
苦しい。シャツのボタンを外そうとするも、指に力が入らずうまくできない。もどかしくて、熱くて、苦しいのに、どうにもできなくて、ただ、シャツを握りしめて泣いた。
「うーっ……」
「碧、こっち見て」
「見ない、りぃくん、あっち行って。先生、呼んで。薬」
「碧、俺、本当にずっと会いたかったんだ。碧がオメガだってわかる前から、碧のことが好きだよ」
「何、言って」
りぃくんの手が、僕の手を解き、僕の代わりにシャツのボタンを外していく。そして、掌全体で胸板を撫でる。お腹も、そして、その裏側、背中も、何かを確認するみたいに、丹念に撫でられる。
もう僕の前は衣服が張り付く程にはしたなく濡れてしまっていた。りぃくんは、いつまで経ってもそこには触れてくれない。
僕を後ろ向きにし、シャツを腕から抜いた。そして、生暖かいものが首筋を舐める。りぃくんの舌だ。
「りぃくん」
「好きだよ、碧」
「う、っ」
そのときだった。突然、部屋の扉が開いた。立っていたのは先生だった。手に銀色のトレイを持っている。
「これはこれはアルファ様、うちのオメガがご迷惑をおかしてしまい申し訳ありません」
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