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第四章

 玄関の扉には、いつものようにきちんと鍵が掛けられていた。けれど、ドアノブを握った瞬間、何かが違うと感覚的なものが訴え掛けてきて。 「……っ」  静かに息を飲み込んで、一番奥のベッドルームへと急いで足を進めたけれど、開いたドアの向こう側に目当ての人はいなかった。 「貴司」  壊れた首輪に触れながら、名前をポツリと呟いてみても返事が聞こえるはずもなく、状況をすぐに理解することができた聖一は、ベッドの上へと腰を下ろして考える。  逃げ出したのか、それとも誰かに連れ去られてしまったのか? 争ったような形跡のない部屋の状態を鑑(かんが)みるに、前者であると考えるのが妥当だろうと考えた。自分の領域と思っていたから見張りを付けていなかったことを、唇を歪め後悔するが今となっては遅すぎる。 「……許さない」  珍しく、感情を露わにしたその声は、誰の耳に留まることもなく部屋の空気へと融けて消えた。  ――俺から……逃げるなんて。  貴司が分かっていないなら、何度でも捕らえ教えてあげなければならない。  その体と心とが、誰の為に有るのかを。    *** 「とりあえず学校関係と、今までここに連れて来た奴らのリスト……なるべく早く調べてきて」  リビングルームのソファーへ座り、目前に立つ人物へと書類を渡して指示すると、「かしこまりました」と答えた男が深々と頭を下げる。壮年の男の名は小林といい、聖一がまだ子供の頃からの側近で、口が堅く忠実だから、どんな仕事でも命令できた。 「申し訳ございません。誰か見張りを付けていれば……」  謝罪してくる小林に、軽く手を振りそれは違うと返事をする。 「俺のミスだよ。学校への送迎は当分しなくていいから、小林は貴司を探してきて。俺も心当たりを当たるけど、学校があるからね」 「はい、なるべく早く捜しだします」 「金は幾ら積んでもいいから」  唇の端を少し上げながら聖一がそう声をかけると、頭を下げた小林は、静かに部屋を後にした。 「逃げられる筈、ないのに」  帰れる家も、仲のいい友人さえも持たない貴司を、探し出すのにそう時間はかからないだろう。壊れた首輪の状態から一人で逃げたとは考えづらく、誰かが手引きしたと思うのが順当だと聖一は思う。逃がしたのが誰であれ、以前貴司に危害を加えた颯以上に、酷い目に合わせなければ気が済まない。  ――学校の取り巻きか? それとも……。  貴司のことを抱かせていた男達の誰かという可能性も否めないが、親密にならないように、なるべくいつも違う人間を選んでいた。  ――もしくは……。  頭を掠めた浩也の顔に、聖一はキリリと爪を噛む。貴司を酷く扱ったうえ、『あいこだ』と言い放ったあの男が、関わっている可能性は低いように思われるが、何かが胸に引っ掛かった。  ――見張らせるか。  そうやって、思いつく全ての可能性を潰していけば、必ず貴司に辿り着く。  この時の聖一は、貴司が見つからない未来など想像してもいなかったから、表面上は冷静でいられた。だけど、心の奥が落ち着かない。  公園へと向かったのは、聖一にしては珍しく、衝動的な行動だった。  昔、毎日のようにブランコへ乗りに来ていた小さな公園は、夜になると灯も少なく静けさだけが支配している。キィッと軋んだ音を立て、僅かに揺らしたブランコから、宙を眺めた聖一は、出会ったころの貴司の姿に思いを馳せて呟いた。 「すぐに……迎えに行くから」と。

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