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聖一は、阿由葉家の三男で、年の離れた二人の兄とは母親が違っている。
略奪という訳ではなく、前妻が亡くなったあと再婚したのが聖一の母で、そういう意味では何の問題もないように思われた。
人形のように綺麗だった母親は、二十以上も年の離れた父から深く溺愛され、聖一が高校生になった今でもその溺愛は続いている。ただ、普通とかなり違っているのは、当時二十一歳だった母親が、聖一を出産する際脳梗塞を引き起こし、亡くなっているということだ。
父親と暮らした記憶は、聖一にとって苦痛でしかない。
寂しいという感情すらも分からないほど幼い頃から、聖一の世話は使用人へと任されていた。それに加え、父親から性的虐待を受けていたせいもあり、物心のついた時には、酷く感情の希薄な子供になっていた。
父親は、聖一の母を溺愛し過ぎてしまった故に、彼女が亡くなる原因になった聖一のことを愛さなかった。そして、段々と彼女に似てきた聖一の美しい容姿は、寄せる場所のなくなってしまった歪んだ愛情を注ぐ憑代(よりしろ)となってしまう。
二つの理由が父を狂わせ、結果、小林の密告により事情を知った兄達が、父との現場に踏み入ったとき、聖一の幼い心は凍りついてしまっていた。
『聖奈……愛している』
囁いてくる父親の声は、今でも耳にこびりついている。顔にしか用は無かったのだろう。洋服を脱がされることはなかったが、自分の口や手を使って果てる父の姿を見ながら、聖一の心は徐々に歪んだものになっていった。
感情を殺すうち、感情がどんなものか分からなくなったなんて、かなり滑稽な話だけれど、思ってみれば最初から、人間らしい感情なんて、持ち合わせていなかったのかもしれない。
兄達は、ワンマンな経営者である父親を、失脚させる足掛かりを探していただけだったから、扱いづらい聖一は、何一つ不自由のない一人だけの空間を与えられることとなった。
それが、初等部四年生の記憶。
初等部から成績は常に一番だった。整った容貌と家柄も手伝って、学校では常に取り巻きに周りを固められていた。一度聞いたり読んだりすれば、忘れることはほとんどなく、受けたIQテストの結果に『神童』だと言われていたが、『頭が良すぎて、感情が欠けてしまっている』と、影では囁かれていたことも聖一は良く知っている。
感情がまるでなかった訳じゃないけれど、僅かな心の動きも全て自分で分析出来たから、わざわざそれを出す必要もないと悟ってしまっていたし、それでいいと思っていた。
そんな聖一の心の中に小さな変化が起きたのは、五年生になったある日、何気なく視界に入れた公園での風景で。
「停めて」
運転している小林に、一言告げると車は静かに路肩へと横付けされる。
窓の外に見えたのは、普段なら見落としそうな小さな公園で、人気のない空間の中、ポツリと座る青年の姿に聖一は心を奪われた。
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