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「どういたしました?」  控え目な声が掛けられるけれど、まともな答えは返せない。スケッチをしている様子のその青年が、時折顔を上げる姿に、鼓動がドキリと高鳴ったのだ。  憂いを帯びた雰囲気と、風景をじっと見据えるその目に、どういう訳か興味を抱いてしまってから、聖一の毎日は少しずつ変わってゆく。  ブランコを目にしたことは勿論何度もあったけれど、行ったり来たりするだけのそれに、興味を持ったこともなければ、ましてや乗ろうと思ったことなど一度だってありはしなかった。それなのに、彼の瞳へと映りたい一心で、聖一は、毎日のように公園へ足を向けるようになる。  最初は、近づいてみれば興味なんてすぐに薄れると思っていたが、ブランコを揺らすうち、彼の視線を感じ始めると、予想とは裏腹に益々興味が膨らんだ。ブランコは、思ったようにつまらない乗り物だったけれど、そんなことはもうどうでもよくなっていた。 「これ、使って。そんなに濡れて風邪でも引いたら大変だから」  初めて彼を間近で見たのは、雨の降りしきる梅雨の最中のことだった。自分から人間関係を作ったこともなかったから、突然の声掛けに、聖一はかなり戸惑ったけれど、見上げた先の心配そうな表情を見れば、もっと彼へと近づきたいと自然に思えてきてしまう。  雨なのに、公園へと足を運んでしまった理由は、もしかしたら、彼がいるかもしれないと思ったからで、初めて興味を持った他人と交流したいという気持ちが、幼い聖一を突き動かした。  彼との少しの問答の末、訪れることとなった彼のアパートは、かなり質素な構造だったが、そんなことより彼と会話をしていることが、とても不思議な感覚で。  理由なんて分からないけれど、彼と一緒にいる時は、心臓の音がうるさくなるのに心がとても落ち着いた。  小林を祖父と偽って、彼のアパートへ入り浸っても、邪険にされることもなく、聖一は……生まれて初めて名前も素性も関係のない、自分の『居場所』を貰えた気がして、そこに至って、初めて自分が求めていたものを理解した。 『聖一くんは、笑ってたほうがいいよ。無理に頑張る必要はないけど、俺、お前の笑った顔、凄い好きみたい』  貴司がそう言ったから……笑みを顔へと貼り付けた。 『俺ばっかりじゃなくて、友達と遊ぶのも大切だよ』  そう言われたから、同級生とも遊んでみたし、貴司の元を訪れるのは毎週金曜だけにしたのだ。  合鍵を貰えたことが何より一番嬉しくて、心から嬉しいと感じることができたのも、貴司と会えたからだった。

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