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第37話 恋すれど
熱き想い
完成披露試写会が行われたのは、小説完結から2年後だった
主役は 榊 清四郎
内儀 榊原真矢
子息 榊原 笙
清家静流 瀬尾光輝 瀬尾藍那、一条隼人も名を連ねていた
脚本 は榊原伊織
監督は 村松康三
重鎮と言われる監督だった
カメラ構成、監修は飛鳥井康太
スポンサー企業にはトナミ海運 蔵持財団 赤蠍商事 他有名企業が名を連ねていた
俳優は神野晟雅を始め、須賀尚人、相賀和成の事務所が全面協力した
日本映画史上 最も豪華な配役で制作費もかなりかけ
撮影年数もかけた大作となった
撮影時から話題になりワイドショーで取り上げられていた
衣装も豪華絢爛で二度と同じ映画は撮る事は出来ないだろう‥‥と言われる程の華麗絢爛さだった
熱き想い は1年半の年月をかけて完成させた映画だった
野坂は 完成試写会のステージ中央に立っていた
この日の為に野坂はスーツを新調して貰った
野坂は誇らしげに脇坂に作って貰ったスーツを着て立っていた
脇坂はそんな野坂を見守るように舞台の影から見ていた
野坂の左横には飛鳥井康太が立ち、榊原伊織が立っていた
野坂の右横には監督、主演俳優を始めとする役者が顔を揃えていた
司会進行役は飛鳥井康太の秘書 安西力哉
ステージ脇には戸浪海里、安曇勝也、堂嶋正義、須賀尚人、相賀和成、神野晟雅、三木繁夫、建築家 脇田誠一が顔を連ねていた
舞台挨拶の招待客は抽選で応募した
200名募集の所、10万通の応募があった
前売り券も既に完売して、ロングランヒットの話も出ている程だった
試写会の始まりを受けて司会の安西力哉がマイクを持つと
「今日は完成試写会にご来場、本当にありがとうございました」
と挨拶した
力哉は監督の村松康三へマイクを渡した
村松康三はマイクを貰うと客席に深々と頭を下げて挨拶をした
「熱き想いの原作小説を目にした日から、私ならどのアングルで撮ろうか‥‥と、まだ監督になれる訳ではないのに、そう思って頭の中で映像にして読み耽っておりました
そんな憧れて止まない作品のメガホンを取らせて戴き感無量です
この作品が多くの人の目に触れ、共感を得て下さったら撮った意味があると想います
今日は本当にありがとうございました」
村松は深々と頭を下げマイクを脚本家へ渡した
「熱き想いが連載を開始された日から、この作品の脚本を手掛ける日を夢見て来ました
今……こうして映像になり感無量です
作家の野坂先生、この作品をこの世に生み出して下さって本当にありがとうございました」
榊原伊織は深々と頭を下げた
監督が喋り、脚本家が話をする
マイクは主演の榊 清四郎へと渡され
榊 清四郎も深々と頭を下げ挨拶をした
「野坂先生が連載を始められてから目を離せなかった作品の主演を出来た事を光栄に想います
私は先生に問い掛けましたね
この作品の主演に私は相応しいですか?……と。
そしたら先生は言ってくれましたね
この作品は榊 清四郎にしか出来ない……と。
その言葉が私の励みでした
役に行き詰まった時、私は先生の言葉を思い出しました
榊 清四郎で在れば良い……
その言葉に支えられて完成披露試写会を迎えられました
今この舞台に立ってられる自分が誇らしいです
本当にありがとうございました」
榊 清四郎は観客に向かって深々と頭を下げた
そして野坂知輝に深々と頭を下げた
『野坂先生一言お願いします』
記者が野坂の声を拾おうとしてマイクを向ける
野坂は何も言わず微笑んで立っていた
変わりに飛鳥井康太がマイクを貰い受け口を開いた
「野坂をこの舞台に立たせたのは俺だ
俺が変わりに話そう
この作品は連載も公開もするつもりなく野坂は書いていた
オレは野坂の書く作品こそ、榊清四郎の代表作になると視ていた
野坂が誰にも見せず2年間暖めていた作品をこの世に出させた
そして榊原伊織が脚本を書き、榊清四郎が演じる
それは……榊原伊織の悲願だった
今回、多くの方の支援の元、上映までこぎ着けられた
本当に協力下さった方々に感謝致します
そしてこの作品を生み出して下さった野坂知輝先生
貴方に感謝致します
本当にありがとう」
飛鳥井康太は野坂に頭を下げた
野坂は康太に抱き着いた
康太は野坂の背中を撫でてやった
野坂は始終泣きながら笑っていた
とても印象的な完成披露試写会だった
野坂が試写会の舞台に立ったのは、この一度きりだった
野坂はこの日を忘れないでおこうと思った
文字が リアルの世界に動き出し…
見る人に感動を与えた
上映後、歓声と賞賛の声が鳴り響き……
鳴り止まなかった
熱き想い は、榊 清四郎 此処に在り
と謂われた作品となった
この年の賞を根刮ぎ獲得し、海外の映画祭でも賞賛されスタンディングオベーションがおきた
ロングランヒットして、かなり長い間上映されていた
アカデミー賞の衣装部門獲得して更に作品に箔がついた
作品は野坂を置いて一人歩きして賞賛された
野坂は映画の上映がそろそろ終わると聞いた頃
脇坂に「映画を観て来るよ」と告げた
脇坂は「一人で行きますか?」と尋ねた
野坂はにぱっと笑って手を差し出した
「野坂知輝のデートプランを聞いてくれないかな?」
「是非とも聞かせて下さい」
「映画を一緒に観て、帰りは何処かで食事して、家まで歩いて帰りたい」
「それは素敵なデートプランですね!
是非ともご一緒させて下さい」
脇坂は野坂を抱き締めた
野坂も脇坂の背を抱き締めた
野坂は愛しき暖かさを噛み締めて瞳を瞑った
そうして共に出掛けた日は思い出深い日になった
上映が終了すると謂うのに、多くの人が最後にもう一度と足を運んでいる様が良く解った
脇坂と共に映画を観た
熱き想い は自分が書いた作品だが
自分の手を離れて映像と謂う形を取り
役者が演じるよりリアルな世界観を繰り広げ、映像となり人の目に触れる事となった
演じる榊 清四郎は野坂の目には、何処から見ても周防玄武として映し出されていた
時代に翻弄され
運命に翻弄され
苦悩する武士がいた
目の前の武士は野坂の頭に中に描いた通りの、リアルな世界を投影して動いていた
「凄いな‥‥やはり榊 清四郎は凄い」
内儀の榊原真矢とは夫婦としての絆が、離れていた夫婦を絶対なモノにしていた
周防玄武の息子の若き将校も、父の背中を追う衝動が伺えられて胸を打った
配役が総て噛み合って一つの物語を演じていた
その作品に息を吹き込んだのは脚本家 榊原伊織と映画監督 村松康三だった
魅せる場面を熟知した映像と秘密な脚本と精神的な演出
総てに生かされて【熱き想い】は出来上がっていた
脇坂は「良い作品ですね、また観たくなる作品です」と称賛を送ってくれた
野坂は「凄いね、本当に俺の頭の中の映像と変わらぬモノを作ってくれた」と感動して言葉にした
「書いて良かった」
「ええ、この作品を産み出したのは君です」
「この作品は‥‥この世に出さないで好き勝手書いて来た、俺の願いだった」
憧れて止まない家族の絆を綴っていた
憧憬として描いた話だった
だが日々が辛くて‥‥壊してしまった世界だった
周防玄武を何も持たない浪人に身を窶させ‥‥‥‥
犬死させるつもりだった
復讐めいた想いと
憧憬と‥‥‥入り乱れ野坂を苦悩させた
周防玄武と共に野坂知輝も苦悩して足掻いて来たのだった
その日々が今
目の前に映し出されていた
野坂は泣いていた
脇坂はそっと手を握り締めた
映画館は啜り泣きが響き、同じ感動を味わえる空間となっていた
映画を見終わってレストランへ行き食事を取ると、自宅へと歩いた
脇坂のマンションは坂の上に聳え立っていた
桜林高校と良く似た坂からの風景が、脇坂は気に入っていた
坂道を上る
息が上がり体力のない野坂は直ぐにヘロヘロになる
そんな時、脇坂から檄が飛ぶ
「此処でへばっているなら、坂は上りきれませんよ?」
「んな事謂ったってキツい‥‥」
はぁ‥‥はぁ‥‥謂いながら野坂が謂う
「作家は体力勝負ですよ?」
「なぁ脇坂、この坂、桜林の坂に似てるな」
「ええ、僕もそう思っていました」
どんなに苦しい坂だって、諦めなければ先が見える
そう思えるはのは脇坂がいてくれたからだ‥‥
「脇坂、俺は‥‥これからも書き続けるつもりだ」
「当たり前です!
上らないのなら蹴りあげるだけです」
脇坂は笑った
「そう言う奴だよなお前は」
脇坂は甘くはない
ベタベタに甘やかすのに甘くはないのだ
出来ないと弱音を吐くと何時だって、弱音を吐くなと蹴りあげられるのだ
『出来ない事は言ってません!』
何時だってそう言われて前を向いて走らされる
野坂は「脇坂」と名を呼んだ
「何ですか?」
「どんな険しい坂道だって上れない坂はない!
これからも俺と共に‥‥一緒に上って‥‥」
脇坂は野坂の手を取るとグイッと引き上げた
「君がいて僕がいるなら、上れない坂はない
この手を離すのは皆無なので安心して下さい」
野坂は嬉しそうに笑った
「取り敢えず、この坂を上らないと家には帰れないですよ」
「頑張る!」
脇坂も笑っていた
共に逝こう
この力の尽き果てる先へ
どんなに辛い坂道だって
どんなに苦しい坂道だって
上れない坂はない
逝こう!
共に‥‥
恋すれど
思いは募る
愛じゃない
終わりのない恋だから……
果てない想いを刻もう
恋すれど
君を想う心は変わらぬ
我 想いの総てを君に捧げん
END
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