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第3話

あれはまだ二人とも小学校に上がったばかりの頃だった。 その日は観光客の多い神社で当時流行っていたゲームをしていたと記憶している。 最初に変質者騒ぎになったのが公園だったから二人が公園で遊ぶことは滅多になかった。普段から遊ぶ時は決まって人の多い場所で、その当時はほぼそこの神社で遊ぶことが自然と決まっていたのだ。 いつも通り二人で遊んでいると、そこにたまたま高校生くらいのお兄さんが現れた。 勿論最初は警戒したものの、当時はまだ10歳にも満たない子供だ。大好きなゲームの話をたくさん知っている年上の人となればつい気が緩んでしまう。 簡単に説明してしまえばそのお兄さんがユキオを誘拐しようとしたのだ。それも、最初に警察に捕まった男と兄弟だった。 ちょっとした隙をついてユキオは薬で眠らされ、俺もまた酷い暴力を受けた。 あの時は無我夢中でどうなったのか詳しい事は覚えていない。 しかしその時の教訓から俺はユキオを守ろうと強く心に誓った。 10年近く経った今でも俺の中にその誓いは霞むこと無く真っ直ぐと立っている。 それは幼い頃から変わらず、ユキオもまたそれを当たり前として受け止めていた。 「何」 視線に気がついたユキオがムッとした顔でこちらを見る。美人がそういう顔をすると迫力があるが、タイガには見慣れた顔だ。 別に怖くも何ともない。 昔の話を蒸し返す訳にもいかず俺は首を横に振った。 「何でもねーよ」 「はぁ?キモいこっち見んな」 それが気に入らなかったのか、ユキオはしかめっ面をしたまま視線を逸らす。 あんまりな物言いに思わず青筋が立ちそうになるが、ユキオとはこういうヤツだ。 基本的に他人に冷たい物言いしかしないので影では女王様、なんて呼ばれたりもしているらしい。本人には聞かせられない話だが正直容姿も相まって似合っている。 たとえ幼馴染みの俺であってもユキオの態度は基本的に変わりない。塩対応というやつだ。 むしろ遠慮がない分他人より酷い扱いの時もある。 可愛くねぇなとは思うものの、それでもつい守りたくなってしまう。それが俺とユキオの関係性だ。 その後は行く先々で知らない生徒に声を掛けられながらも何とか無事に学校へ到着し、授業までこぎつけることが出来た。 俺はこの背丈故、席替えに関わらず常に1番後ろの席を陣取っている。特に目は悪くないので困ってもいない。むしろ前の席になって文句を言われるよりずっといい。 ユキオはというと、ついこの前の席替えで俺の二つ前の席に変わった。授業中は舟を漕ぐ頭が良く見える。 ちゃんと起きてろと言ってもユキオは聞かない。 大抵午前中は寝て過ごし、下手をすれば食後も寝ている。本人曰く飽きてしまうそうだ。それでも勉強は出来るのだから元の作りが良いのだろう。 「藤崎、いつまで寝てる気だ」 「……ん、」 「ほら、次の問題解いてみろ」 眠っているのに気づいた教師がコツンと机を叩き、ユキオを起こす。朝以外は割りとすぐに起きれるユキオはパチリと目を覚ました。 恐らく多少緊張感を持っているからだろう。家以外では本当に寛げる場所は限られている。 ユキオは問題文をちらりと見ると気だるげに立ち上がった。それだけで周りの空気がざわざわと落ち着かなくなる。いつものことだが、本当に人へ影響を与える雰囲気を持った人間だ。 しかしそんな事はお構いなく、本人はめんどくさそうに黒板の前に立つと白い指がチョークを掴む。 普通なら自身のノートを見ながら書いていくところだろうが、ユキオは今正に頭の中で解いているのでそのままサラサラと黒板に数式を書いていく。 一度も迷わず書くところが彼らしい。 どこかでため息を吐く声が聞こえる。斜め前でひそひそ話す女子が見えるのできっとあそこの席からだろう。 前々からユキオに憧れがあるらしく、彼が前に立つ際はよく見られる光景だ。 それを眺めているうちにユキオの方は問題を解き終えたらしい。 「解きました」 素っ気なくそれだけ言うとユキオは席へと戻ってきた。 戻る途中で目が合う。 パチリと瞬くと口の動きだけで「バーカ」と言われた。多分八つ当たりだろう。 ――いや、バカはお前だ。 そう思いを込めてジト目で目を細めると知らん顔をされる。 教師はと言うと、答え合せをしてそれが正解と分かると困ったような、複雑そうな表情で「正解」を告げた。 割とこんな調子なので教師達はユキオに手を焼いているらしい。とはいえ、勉強は出来る上周りからの評判も良いので怒るに怒れない。 ちょうど問題文に大きく丸を付けたところで授業終了の鐘が鳴った。

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