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遅咲き_3

広い胸板を押し返そうとしたけど全然抗力がない。 それどころか背中に回る腕は更に身体を寄せて、恥ずかしいぐらいに体温が上がるのを感じた。 「お前、子供体温だよな」 「なっ、誰が子供だ!てか離せってば!」 うるさいな、と溜め息混じりの言葉。それなら離せと思うのに、拘束は一向に緩まない。 背中に回っていた手が背骨を這って、指先が俺の項を撫でた。 「わあっ!?何!?」 「色気のない声だな」 呆れたように言うけど、正直色気なんてこの状況で必要ないと思う。 「な、何?もしかして番にしてくれる気になった?」 自分で言っておきながら“番”と言う言葉に、身体は緊張した。やけに背中が冷たい。 「…………………」 「……なんだよ、黙るなよ。何か言えよ」 腕の中から見上げた顔は相変わらず無表情で、何を考えてんのか全然分からない。 言葉を発しない代わりに藍澤は俺の肩口へ顔を埋めた。 「………番にはしない。だから怯えんな」 「は?怯えてないし。大体、番にしてもらうことが俺の目的なんだし、むしろ喜ばしいって言うか、大歓迎って感じ」 よくもまあベラベラと言葉が出てくるもんだと自分でも感心する。 「………どうせ今噛んだって番にはなれない。発情期の時に噛まないと意味がない。そのぐらい知ってるだろう?」 「あ、そっか…………」 確かにそうだ。 発情期のΩの項をαが噛み、印を付けることで番関係は成立する。 パニクって全然回ってなかった頭で先走っていたけれど、今噛まれたところで番にはなれないのか。 少し冷静さを取り戻すと身体の緊張が柔んだ。 いや、でもこの状況は普通に恥ずかしいんですけど⁉ 「じゃあ何だよ⁉離せってば!」 「番にはしない。けど………七瀬、」 「――や、何、耳元やめっ」 それは低く、優しい声音で………今までそんな風に名前なんて呼んだことないくせに……。 「――今日はありがとう」

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