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せめて 抱きしめて〜転〜 14

名前を呼んで欲しい。 好きだと言って欲しい。 可愛いと言って欲しい。 抱きしめて欲しい。 欲望は止まることがない。 後から、後から、どんどん溢れて来る。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 こんな人間でごめんなさい。 生まれて来たことが間違いなんです。 わかっていても、それでも貴方に会いたい。 貴方が好きです。 最低だ。 最低だ。 気が付くと、ボクは電車に乗って、T大前まで歩いて来ていた。 帰った方が良い。 今日は、このまま帰った方が良い。 わかっていても、足を止められなかった。 剛さんがいるはずの柔道場に、真っ直ぐに向かっていた。 入り口が開かれていて、中から練習中の掛け声や剛さんの叱咤(しった)する大きな声が聞こえた。 声が聞こえた途端、足がすくんだ。 やっぱり、会っちゃいけない。 剛さん明日大会だし・・・集中を乱すようなことはダメだ。 きっと今、ボクは酷い顔をしている。 きっと心配させてしまう。 ボクのせいでせっかくの集中を乱して、明日の大会に響いたら・・・。 そこまで考えてボクは、じりじりと後ずさった。 やっぱり帰ろう。 きっともう父もいないだろうあの家に、帰ろう。 あそこしか帰る所なんてないから。 ボクは後ろを振り向いて、元来た道を戻る。 剛さんに見つからないように、素早く歩き始めた。 それなのに。 「千都星!」 背中が剛さんの声に包まれる。 心が浮き立つ。 恐る恐る、振り返った。

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