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せめて 抱きしめて〜転〜 16
*
ボクはそのまま真っ直ぐ家に帰った。いつものようの通用口から入って、家に誰もいないことを確認して。
鍵だけは持ってて良かった。
そして、父と言い争った廊下にボクの鞄がそのまま残されているのを見つけた。
鞄と散らばった中身を集めて、ボクは自分の部屋へ向かう。
部屋に入ると鞄を机に置いて、ベットに寝っ転がった。
冷房がついていないので、空気が淀んで暑くて暑くて、すぐに汗をかく。
剛さんを裏切った自分を責めて。
剛さんが好きだと嘯(うそぶ)いて。
昨夜は仕方なかったと言い訳をしている。
ボクは泣いたり眠ったりを繰り返した。
お腹が空くと目を覚まして、コンビニに行ったりもした。
いつも通りの味気ない、冷たいご飯に妙に安心したりもした。
翌日も同じように過ごした。
それでも、剛さんの大会が気になって、ネットで結果を調べたりしていた。
ネットだとすぐに情報が上がるので、ボクは試合終了直後に、剛さんが勝ったことを知った。
優勝した剛さんが、嬉しそうに誇らし気にしている写真が上がっていた。
良かった・・・優勝おめでとうございます。
ボクのせいなんかで、集中を乱さなくて良かった。
やっぱり、剛さんは強くてかっこ良くって、素敵だと思った。
何もかもがボクとは正反対。
笑っちゃうくらい・・・。
落ち込んでいると、いきなり玄関のチャイムが鳴った。
驚いて時計を見ると、夜の19時をすぎていた。
おかしいな・・・誰も来る訳ないのに・・・。
親だったら勝手に鍵を開けて入るし、清掃業者はこんな時間にはこない。
ボクは恐る恐る部屋を出ると、蒸し暑い空気の中を進む。
涼しい部屋から出たので、瞬時に汗が出て来る。
ダボダボの大きな黒いタンクトップに汗がにじむ。
ジーンズを適当に切った短パンを履いている足にも、うっすらと汗が浮かんで来た。
薄暗い廊下の電気を点けて、ボクはゆっくりと玄関へ向かった。
また、チャイムが鳴らされる。
ほとんど聞いたことのない電子音。
こんな音だったのかと妙に感心したり。
玄関の上がり間口まで行くと、ボクは、
「・・・どちら様ですか?」
と声をかけてみた。
覗き穴もあるけど、覗くような勇気がなかった。
「千都星?剛だけど」
一番聞きたくて、一番聞いちゃいけない声が聞こえる。
ボクは反射的に小走りで玄関の扉に飛びつくと、鍵を開けて扉を手前に引いた。
目の前に会いたくて、会いたくて、死にそうになるくらい会いたい人がいた。
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