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第せめて 抱きしめて〜転〜 33

「ああ・・・」 そうだ。 そうだった。 あの時、信じて欲しいって懇願した時、剛さんは『わかった』と言ったんだ。『信じてる』とは、言わなかった。 バカだ。 今、気が付いた。 今、知った。 『好き』と『信じてる』は、イコールじゃなかったんだ。 どんなに好きでも、信じられないこともあるんだ。 逆に、大っ嫌いでも信じられることもある。 きっと、お父さんとお母さんも、『好き』だけど『信じる』ことができなかったんだ。 だから、一緒にいられないんだ。 『好き』は心で感じることだけど、『信じる』は理性で判断することだから。 ねえ、じゃあどうして、ボクを信じてくれないの? ボクが色んな男と犯ってるって、聞いたから? 貴方を落とすゲームをしていたと、言われたから? 違う。 そんなことじゃない。 それを言ったのが、あの人達だから。 ずっと一緒に柔道をやってきた、仲間だから。 だから、あの人達のことを信じてるから。 だから、あの人達の言葉を信じてるから。 まだ出会ったばかりのボクを、信じられないから。 ボクには、貴方しかいないのに。 ボクが信じているのは、貴方だけなのに。 知ってるでしょう? 親に見捨てられてること。 友達なんかいないこと。 誰も傍にいてくれないこと。 ボクには貴方しかいないこと。 知ってるでしょう? 剛さんは、ボクから顔を背けたまま、動こうとはしなかった。 固く拳を握りしめていることに、気が付いた。 殴ってくれればいいのに。 殴って罵倒してくれれば、ボクだって叫ぶことができるのに。 それをしないのが、ここが大学で人目があるからなのか、一般人に手を上げないという武道の精神なのか。 ボクにはわからなかった。

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