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せめて 抱きしめて〜結〜 4

「昔・・・まだボクが小さかった頃、優しくしてくれました。あの頃は、ボクを好きでしたか?」 自分の親に、『好きでしたか』と過去形で訊いているのが、何だか可笑しかった。 父は一瞬だけ眉根を寄せて、 「あの頃は、オレの子供だと思っていたからな」 感情を抑えた声で言った時、母が悲鳴に近い声を上げる。 「またそんなことを・・・千都星は貴方の子供です!」 「もう終わったことだ」 父は母の言葉を遮って、ボクに向かって、 「今となってはどっちでも一緒だ。オレはお前を愛せない」 「ええ・・・わかってます。さようなら」 ボクがそう言うと、父は今度こそ出て行った。 きっと、もう、二度と会わない。 街で擦れ違っても、きっと父はボクを一瞥(いちべつ)もしないだろう。 母は、父の言葉に落胆したように、ソファに座り込んで、額に手を当てて俯いていた。 深い蒼のワーピースを着て、綺麗に化粧をしている母は、まるで今まさに撮影しているみたいだった。 母の仕草や行動、言葉の全てが、演技に見えてしまうのは、ボクだけだろうか? 「・・・ボクは誰の子供なの?」 その母に、そんな言葉をぶつける。 父の言葉が気になっていたから。 「貴方までそんなことを・・・?!お父さんの子よ!」 「じゃあどうして、お父さんはそう思ってないの?」 「・・・」 また、沈黙が下りる。 日が短くなってきているので、既に太陽が落ちてしまい、室内は薄暗くなっている。 きっと、すぐに真っ暗になるだろう。 「・・・浮気したの?」 そのくらいしか理由が思いつかなかった。 ボクがそう言うと、母は顔を上げて、綺麗な顔を醜く歪めて怒り始めた。 「一度だけよ!私だって若かったのよ。あの人以外の男の人を知りたかった。たまたま時期が被ってただけ・・・それだけよ!」 「それがバレたんだ。だからお父さんは自分の子じゃないって・・・」 「貴方はお父さんの子よ!」 ヒステリックに叫ぶ。 ボクはもう何も言わなかった。 これ以上何かを言って刺激しても、良いことはない。 浮気がバレたなんて、自業自得だ・・・。

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