92 / 112

せめて 抱きしめて〜結〜 3

財産分与だのなんだのが片付いて、この家も売りに出されることになった。 ボクは両親が買ったマンションに住むように言われた。 もちろん、一人で。 学費は引き続き払ってくれて、生活費も口座へ振り込まれる。 何も変わらない。 家が一軒家からマンションに変わるだけ。 そして最後の問題が、ボクの親権をどっちが背負うのか。 わかっていたことだけど、二人とも嫌がった。 わかっていたけど、見たくはなかった。 両親がボクの親権を相手に押し付けようと、言い争っている姿は、見たくなかった。 どうして、ここまで残酷になれるんだろう? 愛し合って、結婚して、生まれた子供。 その子供を、粗大ごみのように扱って、捨てようと必死だ。 醜い争いの末、母が親権を持つことになった。 ボクの戸籍を母の戸籍に入れるってことだ。 別に母親らしく、ご飯作って欲しいとか、毎日家にいて欲しいとか、そういうことじゃないのに、母はとにかく不満そうだった。 「・・・生まなきゃよかった」 とぽつりと呟いたのが聞こえてしまった。 ああ・・・そうだね。 同感だよ。 ボクも、生まなきゃよかったのにって、思ってる。 もう何回も、何百回もそう思ったよ。 ボクも、そう思ってるよ。 何度も、訊こうとしてやめたんだよ。 何で生んだの?って何度も、何度も訊こうとして。 恐くてやめたんだよ。 そして手続きが双方の弁護士によって行われて、とうとう最後の日がきた。 最後だからと、売りに出されるこの広い家のリビングで、3人で顔を突き合わせていた。 こんな風に3人になるのは、本当に久しぶりだった。 最後がいつだったのか、思い出せないくらい、久しぶりだった。 猶(ゆう)に20畳以上の広さを持つリビングに、ほとんど誰も座ることのなかったソファに座り、誰も何も喋らずにいた。 何を話せばいいのかなんて、わからない。 時間を共有していないから、お互いの近況も趣味も嗜好も何も知らない。 ゆっくりと時間が流れて、不意に父が立ち上がった。 いつものように黒地にストライプの入った、隙のないスーツ姿の出で立ちは、周りを威圧する。 父はボクのことも母のことも見ることはなく、一言だけ言い放つ。 「時間だ」 外に車を待たせているのだろう。 父はそれだけ言ってリビングを出て行こうとした。 「待って」 思わず言っていた。 父が足を止めて、無感情な瞳でボクを見た。 「何だ?」 これで最後だと思うと、不思議といつも感じていた恐怖を感じなかった。 ボクは父を真っ直ぐ見ると、一生口にすることはないと、それでも訊きたいと思っていたことを、訊いていた。

ともだちにシェアしよう!