1 / 6

第1話

好きになったのはきっともっと前からで、好きだと気付いたのは三ヶ月くらい前、丁度高校二年生に進級し、クラスが一緒になった頃だった。 渡辺優吾(わたなべゆうご)は窓際の一番後ろの席でぼんやりと外を眺めていた。 季節は、初夏、緑が生い茂っていて外で過ごすには暑くなってきた時期だ。 茶色交じりの髪をくるくるといじりながら、誰も座っていない前の席をちらりと見ては外を眺める、の繰り返し。 早く登校してこないかな、と思いながら、だけど自分が早く登校しすぎたのもあるので唯々待つしかない。 はあ、と溜息をついたその時だった。 「優吾、おはよー!」 声をかけてきたのは友人の田村愛斗(たむらあいと)だった。 童顔系の可愛い顔は笑顔でより一層可愛さが際立っている。 とか言ったら、お前に言われたくない、と怒られそうだけど。 「まだ来てないね?来てないよね?」 前の席が空席なのを確認し、愛斗はカバンから小さな紙袋を取り出して優吾の机にそっと置いた。 「……なにこれ」 「ふふふ。」 紙袋を開けてみると、小さな薬瓶が入っていた。 フタを外すと、緑と白の二色のカプセル剤が三粒ほど入っていた。 どこにも効能は書いていない。 何の薬なのかさっぱりだ。 「今のお前に必要不可欠な薬を手に入れました」 愛斗は周囲を確認し、優吾に近付いて耳打ちした。 「惚れ薬」 「っ!?」 薬を二度見した。 が、そんな非現実的な薬がこの世に存在するはずがないと思い直し、いやいや、と苦笑いした。 愛斗はむっとしている。 「ほんと!ガチ!マジ!手に入れるの大変だったんだから!」 「でもなぁ……」 「あいつ、最近胃が痛いとか言ってたろ?胃薬って言って飲ませてみ?」 あいつ、というのは優吾が恋をしている相手のことだろう。 愛斗は優吾の恋を応援してくれているので、きっとこれも本気で入手してきたに違いない。 入手経路は不明だけれど。 「飲んで、初めて見た相手を惚れちゃうっていう代物だから。使い方はオッケー?」 「……これ、合法だよな?」 「勿論!」 愛斗は自信たっぷりに言うので半信半疑に改めて薬を見る。 もしこれが本当に惚れ薬だったとしたら、薬の力とは言え、願いが叶うかもしれない。 だけど、薬なんかに頼って後悔しないだろうか。 それは相手の本当の気持ちを無視するものではないだろうか。 それ以前に、惚れ薬なんて本当にあるのだろうか。 「物は試し!な?あ、来た来た」 教室のドアが開き、優吾の想い人、代永純(よながじゅん)が登校してきた。 黒髪美人で身長は175センチ、色白の肌に少し汗をかいていて。 (エロいなー) そんなことを口にしたら最後だろうから絶対に本人の前では言わない。 「ジュンジュン、おはよー!」 愛斗は陽気に手を振って挨拶をする。 こちらに気付いた純は手を挙げて少しばかりはにかんで見せた。 いつもクールな純のはにかみ顔は貴重で、それだけでキュン死にしてしまいそうだ。 「おはよう、早いな」 純はイスに後ろを向いて座り、こちらの様子を伺った。 すぐに机の上の薬瓶に目がいったようで、首を傾げている。 「何だ、それは」 「え、っと、」 愛斗に助け舟を出すべくちらり、と見たが、愛斗はにこにこ笑顔でこちらを見てくるだけだ。 どうにも助けてくれそうにない。 「……胃薬。お前、胃が痛いって言ってたから」 「ほう。1回何粒だ?」 純は疑いもせずに小さな薬瓶を開けて中身を確認する。 「一日一粒でいいんだってー」 すかさず愛斗がフォローする。用量までは聞いていなかったので助かった。 「そうか」 「っ!」 止めるのも間に合わず、躊躇もせず純は一粒薬を口に含んでしまった。 カバンからペットボトルを取り出して口をつけ、薬を流し込む。 飲んだ後、最初に純が目にしたものは、目の前にいた優吾だった。 「……だ、大丈夫、か?」 「何がだ?」 実はそれ、惚れ薬なんだ、なんて口が裂けても言えないので、いや、と誤魔化しておいた。 他愛のない話をしていると教師が入って来たので皆席に戻った。 前に座る純は特に何か変化した様子はない。 飲んですぐに効果があるとも聞いていないし、そもそも本当に惚れ薬なのか怪しいので半々の気持ちではあった。 「じゃあ、このプリントを後ろに回して」 やはりあれはただの胃薬か何かだったのだ、そう思った時だった。 純からプリントを受け取った時、無意識に指と指が触れた。 ただそれだけだったのだけど、びくん、と純の手が離れてこちらを見てきた。 「……どうした? プリントちょうだい?」 「あ、……ああ」 純はプリントを優吾の机の上に置き、いそいそと前を向いてしまった。 心なしか、白い肌が赤みを増していた気がする。 (え? ……まさか?) ポケットにしまった薬瓶にそっと触れる。 惚れ薬と愛斗は言った。 それを飲んだ純が、指が触れただけで動揺し、頬を何故だか赤らめた。 (……効いてる?) 信じられなかった。 だけどもし、本当にこの薬が惚れ薬として機能を果たしているならば、純は薬を飲んで初めて見た相手、つまり、優吾に惚れている、ということになる。 (うそ、だろ……? え、マジ?) ちらり、と愛斗の方を見た。 様子を伺っていたらしい愛斗は親指をぐっと立て、ウインクしてきた。 (マジか!) 純が優吾に惚れている。 信じられないが、この薬は本物らしい。 薬の効果がいつまで続くのかは知らないが、これは純に想いを伝えるチャンスだ。 そう思うと、早く昼休みや放課後にならないだろうかとそわそわしてしまう。 愛斗には感謝しなければ。 そして、疑って悪かったとあとで謝っておこう。 このチャンス、逃してなるものか。 優吾は心の中で自身に大きく頷いた。

ともだちにシェアしよう!