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第2話
一限目、二限目、と時間は過ぎていく。
純は特に何か変わった様子もなく、淡々と授業をこなしていた。
プリントを配るときは心なしか、優吾に触れないように気を付けている風だった。
触れただけでドキドキしてしまうのだろう、そう思うとなんだか可愛い。
待ち遠しい昼休みがやってきた。
純はいつもと変わらず、こちらを向いて優吾の席に弁当を広げている。
だが、なぜか優吾の顔を見てこない。
もしかしたら、直視すると照れてしまうため見ないようにしているのかもしれない。
……というのは自惚れすぎだろうか。
「純?」
「……何だ?」
純は相変わらず弁当を見たままで顔を上げようとはしない。
「薬、効いてきた?」
どきどきしながら尋ねる。純は少し考えて、そうだな、と答えた。
「随分楽になった」
「よかった」
プラセボ効果とかいうやつだろうか。
まさか胃薬ではなく惚れ薬を飲んだなんて本人が知ったら大激怒だろうなあ、と心の中で苦笑した。
「ところで純、なんでオレの顔見ないの?」
ぴたり、と純の手が止まった。
優吾はにっこりと笑って純の様子を伺う。
分かっている。
突然前触れもなしにいきなり優吾に惚れてしまって、恥ずかしさやらなんやらで優吾を直視できないんだろう、きっと。
それを分かっていてこんな質問をするのだから、自分は意地悪だと思う。
純はゆっくりと顔を上げた。
困ったような表情と、赤らめた頬が可愛らしい。
ドキドキして、ときめいてしまう。
本当に優吾に惚れているんだな、と改めて思った。
薬の効果は絶大だ。
「変なんだ」
そう言って、純は小さな声で続ける。
「お前を見ると、よく分からない感情に押しつぶされそうになって、胸のあたりが苦しくなって、直視できなくなる。……変だろう、オレたち、男同士なのに」
「それってさ、オレに恋してるってこと?」
核心をつく言葉に純は固まってしまった。
が、更に顔を真っ赤にし、こくん、と小さく一度頷く。
「昨日までは何ともなかったのに、今日、急に……オレはどこかおかしいのかもしれない」
ふい、と純は窓の方を見た。
優吾の方を見続けることができなかったらしい。
何て可愛いのだろう。
その悩みの根本的な原因は優吾が嘘をついて飲ませた惚れ薬のせいだということを、知ったら純は怒るだろうか。
「すまない、気味悪いだろう、男に好かれるなんて」
「……どうしてそんな悲しいこと言うんだ?」
弁当を食べ進めながら、あくまでも平静を装って優吾は話す。
「決めつけるのよくないだろ」
「……それは、どういう意味で言ってるんだ?」
純が、不安げな瞳でこちらを見てくる。
ああ、きっとこの先の言葉を純は待っている。
期待している。
優吾の言葉一つできっと純は一喜一憂するだろう。
なんて可愛いんだろう。
なんて愛おしいんだろう。
純を自分のものにできたならどれだけ幸せだろうか。
「期待、していいのか?」
「オレ、不快だなんて思ってないし」
優吾はにっこり笑った。
その微笑みに安心したのか、純の不安げな表情が少し和らいだように感じた。
「むしろ、嬉しい、っていうか……」
その言葉を実際に口に出すのはむず痒くて。
ただ、今のこの状態はあくまでも惚れ薬による一時的なものであって、効果が切れたときに純がなんて思うか、そちらの方が重要だ。
やっぱり何とも思っていない、と思われるくらいならまだマシで。
優吾の気持ちを知った純が、優吾を気持ち悪いと思ってしまったらもう一生立ち直れない気がする。
「よく分かんないけど、嬉しいなって」
なので、その言葉は使わずにはぐらかし、だけど自分の素直な気持ちは伝えることにした。
小声で話しているので周りには聞こえていないだろう。
聞かれていたらそれこそ一大事だ。
「そうか……」
純は頬を赤らめて、弁当を食べ始めた。
それから、二人は無言で弁当をつつき、完食した。
お互いが何を話せばいいのか分からなかった。
だけど、この無言の状態も悪いとは思わなかった。
むしろ心地よくて、ずっとこの状態が続けばいいのに、なんて思ったりもした。
「ユウ、今日うちで勉強しないか?」
沈黙を破ったのは純だった。
成績上位の純から勉強を教えてもらえるのは願ったり叶ったりだけれど、きっと目的は別にある。
それを言わないけれど、きっと純はそれを察してほしいと思っているに違いない。
「一人なの?」
尋ねると、純はこくりと頷いた。
これはもしかして、お家デートとかいうやつのお誘いだろうか。
二人きりということに、何だか色々期待して、瞬時に様々な妄想が膨らんでしまう。
断る理由なんてどこにもなかった。
むしろ喜んでお願いしたい案件だった。
「じゃあ、お願いしようかな」
余裕のあるような返事をしてみせるけれど、心の中はお祭り状態で全然余裕なんてこれっぽっちもなかった。
純は嬉しそうにはにかんで、じゃあ放課後、と笑んだ。
ああ、放課後が待ち遠しい。
早く放課後にならないだろうか。
その後は他愛のない話をして盛り上がり、昼休みはあっという間に過ぎてしまった。
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