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第1話

「本当に嫌だと思ってる?」 そう尋ねられ、なぜだか唾を飲み込んだ。 「……どういうこと?」 「いやだって、お前さっきから言葉では迷惑そうに語っているけど、口角が」 「口角が?」 「上がっているって、まさか自覚ない?」 親友の武田が、机に肘をつきながら呆れた顔でこちらを見ている。 俺の口角が上がっているって……? 「毎朝毎朝、電車で同じクラスの榛名に肩を使われるって迷惑そうに言いながら、表情は満更でもないその感じ、何?」 「満更でもないって何? 迷惑だってそう言ってるじゃん」 「いやぁ、どうだかな。人気者といられて案外嬉しいとか思っているんじゃあないの」 やれやれと肩を上げ、自分の教室に戻ると言って、武田は席から立った。 「何かあったのかと思って話を聞きに来たら、何の話を聞かされたのやら。今度はもう少し、面白い話をしろよ」 ぽんっと俺の肩を叩いてから教室を出ていく武田の背中を見ながら、俺は自分の胸をさすった。 3ヶ月もの間ほとんど毎朝榛名と同じ電車になり、その度に寝落ちる榛名に肩を使われていて。それで榛名は一切起きずに俺の肩を使っているが、降車駅に着くと自然と起きて降りていく。 その程度の眠りの浅さであれば、俺の肩を使っていることにも気づきそうなのに、榛名は何事もなかったようにしているし、起きた瞬間に肩を使ってしまったかもしれないと気にし、ごめんと一言謝ることさえしないのだ。 それが3ヶ月も続いていて、もううんざりだとそういう話を武田にしていたのに。 何? 本当に嫌だと思っているかって? 「おいおい、呆れるわ。んなわけあるかよ」 武田、お前も3ヶ月同じような目に遭ってみろよ。そうしたら俺の気持ちが分かるだろうに。 「だって3ヶ月……」 再び胸をさする。武田に口角が上がっていると指摘され、それを否定したのにも関わらず、どうしてかスッキリしなかったこの心の違和感が、何なのか気づいてしまった。 「車両かえれば良かっただけじゃあ?」 これまでほとんどいつも同じ電車の同じ車両に乗っていて、当たり前になりすぎていたから気にしていなかった。 俺が同じ場所にいて被害に遭っているのだから、もっと早くに車両をかえれば良かった。

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