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第1話

「……はぁ」  試しに力を入れてみたドアはなんなく開き、思った通りの結果に俺は小さく嘆息する。  そのまま我が城であるはずの教室に歩を進めれば、案の定ついたての向こうにあるソファーの上に毛布の塊を見つけた。枕代わりのクッションに乗せられた頭が寝息とともに規則正しく動いているのがなんとも言えない。  この高校のスクールカウンセラーとして雇われている俺、遠上(とおがみ)千聡(ちさと)には、相談用の部屋が一つ割り当てられている。  通常の教室の半分ほどの広さで、俺の机とは別に、ついたてで外から見えないソファーがテーブルを挟んで向かい合わせに二台。あとは本棚といった感じの小さくも落ち着く部屋にしているつもり。  基本的に学校にいる間は俺がここの主のはずだけど、最近それに近い勢いで入り浸っている生徒がいる。  近衛(このえ)万里(ばんり)という二年生。  つまり、今ここですやすやと眠る彼。  彼は芸能活動をしているそうで、最近はテレビや雑誌で頻繁にその姿を見るようになってきた。うちは芸能学校ではないけれど、逆にそのせいか全校を挙げて応援していて、授業にもだいぶ融通を利かせている。  もちろん来なかった日を来たことにはできないから、朝早くや放課後の補習で足りない日にちと勉強時間を補っているんだ。  そしてそんな近衛くんに、俺はなぜかやたらと気に入られていて、時間のあるときは頻繁にこの部屋を訪れてくる。いや、むしろ住み着いていると言ってもいいかもしれない。  どれぐらい入り浸っているかは、部屋の隅を見てほしい。  家に帰れず仕事現場から直接来たときのための着替え用の制服――今は代わりに私服がハンガーにかかっている――と教科書、仮眠用の毛布は現在使用中だけどもちろん自前。その他おやつやらなんやら私物がそこに陣取っているんだ。一応隅っこに集めて置いてあることで遠慮しているように見えなくもないけれど、今みたいにソファーの上で毛布に包まって寝ている姿を見れば、とても慎ましいとは思えない。 「近衛くん。鍵を返しなさい」  ともかくいつまでも放っておくわけにもいかないし、我が部屋の主導権を取り返すために眠り姫ならぬ眠れる王子を起こすことにした。  ……大体、朝一番で職員室に鍵を取りに行って、それがなかった時点でおかしいと思っていたんだ。先生方はみんな近衛くんに甘いから、求められれば簡単に鍵を渡してしまう。だから部屋の主の俺が、生徒の後から入る羽目になるのに。  まあ、一応こうやって鍵がかかる部屋だから、芸能人として盗難に遭いやすい私物を置いておけるってこともあるらしいけど。それはなんというか、後付けに過ぎない気がする。 「ん、おはよ、千聡。今日もかわいいね」 「遠上先生と呼びなさい」 「千聡先生は怒った顔もかわいいよ」  もぞもぞと毛布から顔を出した近衛くんは、悪びれることなく笑うと差し出した俺の手に鍵を乗せてきた。それから鍵を握らせた俺の手をくるりと反転させて手の甲にキス。その仕草はまるで姫に対する騎士のよう。  そんな、からかうようなキザな仕草はいつものことだし、実際似合うから困ったものだと軽く流して受け取った鍵を机へ。ついでにカーテンと窓を開けて換気をする。  それから振り返れば、近衛くんはかけていた毛布を適当に畳んで脇に寄せ、遠慮なく大きな伸びをしていた。  寝ていたせいで少し乱れた制服は、けれど特別許されている明るい茶髪と相まってまるで学園物のドラマの衣装のように見える。そういえば今はそんな映画を撮っているんだったっけ?

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