2 / 6

第2話

「今日も朝から補習?」 「ん。つーか、朝しか時間ない」  まだ眠そうな顔を擦ってから、着ていた制服をあっさり脱ぎ捨てる近衛くんに、俺は小さく息を吐いてから、かかっていたハンガーを取って手渡してやる。普通はこれから授業だというタイミングで私服に着替え始めたということは、この後の授業には出ないということだ。どうやらこの後は仕事らしい。  それだけ忙しければ夜も遅いだろうに、早朝補習にちゃんと出てくるのは素直に偉いと思う。思うけれど、どうにもこの子は素直に褒めさせてはくれない。 「偉いっしょ? そのせいで眠くってたまんないんだよ。……だから、俺と会う時間が少なくて寂しいだろう先生が来るまでここで寝てた」  実際俺よりも忙しそうだけど、さらりと若干の上から目線の余計なセリフが入るから素直に労われないんだ。まあ、いつでも飾らない性格のおかげで、そんな言い方をされても嫌いになれないのが彼の魅力でもあるんだろう。 「お疲れだとは思うけど、寝るなら家に帰るか、せめて保健室行くかしなよ」 「家に帰る時間はないんで。それにここの方が日当たりいいし、なにより先生がいるじゃん?」  かぶったパーカーから顔を出し、無邪気に微笑んでみせる近衛くんは自分の魅せ方をわかっている態度で、肩をすくめて苦く笑って見せた。最近とみに成長著しく男っぽく育っていくかっこよさを、場合によってはかわいらしく見せられるのだから役者の仕事も向いているんだろう。ぜひともそれはこんなところで発揮せず、仕事で生かしてほしい才能だ。 「あのね、ここは生徒の相談に乗るところなの。仮眠するところじゃないんだよ?」 「知ってるよ。だからいつも相談してんだろ? 先生にしかできない相談。悩んでるんだから話聞いてよ」  疲れてるんだから休ませてやれと他の先生たちは言うけれど、ここはカウンセリングルームなんだから他の生徒が来づらくなったら困るんだ。それだけじゃなく、近衛くん目当てで人に集まられても困る。  だからあまり居つくものではないと俺は思う。それでも生徒が相談したいことがあるというのなら無視することはできない。たとえその内容がわかっていても、だ。 「いいよ。聞くから話して」  仕方なく自分の席から移動し、近衛くんの向かいのソファーに座る。それから端的に問いかけると、近衛くんは身を乗り出してじっと俺を見つめてきた。 「俺、すごく好きな人がいるんだ。でもその人は自分のことをすごく大人だと思ってて、俺のことなんて生徒扱いで全然相手にしてくれなくて、俺はいたく傷ついてんの。どうしたらその人にこの真剣な気持ちが伝わると思う?」  まっすぐ見つめられたままのこの『相談(こくはく)』は過去に何度もされている。  なんでも近衛くんは俺のことが恋愛の意味で好きだそうだ。何度も告白されているし、口説かれてもいる。そりゃあもうしつこいくらいに。ため息くらいつきたくもなる。  「あのねぇ、先生をからかうのもいい加減にしなさい」 「からかってなんてねーよ。失礼だろ先生。生徒の真剣な悩みを冗談だと思うなんて」 「……じゃあ言うけど、それは恋じゃないよ」  別に恋する気持ちをバカにするわけじゃないし、よくあるといえばよくある悩みだ。  ただ、なんというか近衛くんがあまりにもフランクに好意を伝えてくるものだから、あまり真っ当に受け取れないのも事実で。 「学生の頃は先生に憧れる気持ちは当たり前に起こるものだし、こうやって触れ合う時間が多いと余計そう思っちゃうんだ。近衛くんは怒るかもしれないけど、その気持ちは勘違いでしかないんだよ。今はわからないかもしれないけど、もう少し時間が経てば、普通に同世代の子に目が向くから、だから」 「俺さ」  たぶん他の先生相手の好意だったとしても、同じようなニュアンスで伝えていたと思う。  学校というある意味特殊な閉鎖空間の中では往々にして起きることなんだ。でもそれは進めてはいけない恋愛話だし、俺相手ならなおさら。  すぐには納得できないかもしれないけど、そういうものだからと優しく笑いかけようとした俺を遮り、近衛くんはふうと息を吐いた。

ともだちにシェアしよう!