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第6話
「もっとはっきり言ってよ先生。約束はちゃんとする」
「いやでも」
「誰が誰となにするか、ちゃんと言ってって。それとも、嘘だから適当でいいとか思ってんの?」
事が事だけに身を縮まらせて小声になってしまう俺に、近衛くんはアラームを止めたスマホを脇に置いて叱るように身を乗り出す。
その迫力に、王様とか社長役も似合いそうだなぁと現実逃避気味に思考を逃して、覚悟を決めた。
「……俺、遠上千聡は、近衛万里が無事卒業した暁には、近衛くんとセ……エッチすると誓います。……これでいい?」
「サンキュー先生。愛してる」
その瞬間、伸びてきた手にシャツの胸元を掴まれ引き寄せられると、そのまま唇を塞がれた。
「んぅ! ……ん、んんっ、んーっ、んー!」
唇で唇を。
それどころかもう片方の手が俺の後頭部に回り、押し付けるようにしてより深められる。引っ張られたままの体勢じゃろくに抵抗もできず、必死に離れようにも余裕の態度で硬く閉じた唇を舌でなぞられる始末。
やっぱりジムに通って鍛えておくべきだった!
「こ、こ、このえくん……! 君って子は……!」
「ただのキスだけで、エッチなことはしてないよ」
「十分エッチです!」
するときの唐突さと同じくらいの素早さで離れた近衛くんは、悪びれることなく両手を上げてひらひらと無罪のアピールをしてみせる。
完全に先を匂わせるキスなんてしておいて、約束違反だと怒る俺に対して、とろけたような笑みを見せる近衛くん。一緒につかれたため息が妙に重く甘い。
「マジで、なんで千聡ってこんなかわいいんだろ。……大丈夫。これからはこの感覚とさっきの誓いの声を繰り返し聞いて、それをオカズに乗り切るから」
「……へ?」
繰り返し、なんだって? とまばたきを繰り返す俺の前に出されたのは、画面の中で忙しなく数字が動いているスマホ。反射的に手を伸ばしたけれどそれより早く手を引っ込めた近衛くんは、アクション物もいけるんじゃないかというくらい軽い動きでソファーを飛び越えた。
「これ聞いて頑張るから。じゃあな、先生。仕事行ってくる! また明日の朝来るから待ってて」
「ちょ、ちょっと近衛くんっ!」
なんだか色々とものすごいことをされたのに、反応が遅れたせいで近衛くんはあっという間にドアのもとへ。
何回も聞くってスマホを見せられたってことは、録音したってこと? 今のものすごい言葉を? いつの間に。いや、さっきアラームを触ったときか。なんて周到な。
あまりのことに立ち上がれずにいる俺をよそに、一度その場で止まった近衛くんは、綺麗なターンとともに俺を振り返る。
「約束、守っても守んなくてもいいよ。ただ、俺はこの言葉を信じて心の支えにして頑張るから」
そしてうろたえる俺に、純粋な生徒の顔で微笑みかけて、そのまま教室の外へ姿を消した。
「……どうしよう」
あんな言い方されたら、守らないわけにはいかないじゃないか。
嘘ついていいから、なんて先に言われて、録音されて、じゃあなんて約束を反故になんかできない。
だけど、だったら、守れるのか? あんなとんでもない約束。
卒業したら、近衛くんと……?
「うわーどうしよう!」
しっかりと部屋の中を侵食している近衛くんの私物に無言の圧力を感じながら、俺は朝から深く深く頭を悩ませるのだった。
とりあえず、ジムの入会だけはしようかな……。
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