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第5話

「約束? なにを?」 「俺が無事卒業出来たら、エッチしてくれるって」 「……は?」  それなりにいっぱいいっぱいになっている俺に追い打ちをかけるように、近衛くんは窺うような顔でそんなことを言ってくる。  ちょっとなんか今、ものすごい言葉が脳裏を駆け抜けていった気がするけど、気のせいであってほしい。 「エッチ。セックス」 「ずばり言わなくていい」 「にゃんにゃん?」 「かわいい言い方もしなくていい」  聞かなかったことにしておもむろに資料の整理でも始めようかと現実逃避をしかけたけど無駄だった。  近衛くんは勘違いできないほどしっかりとわかりやすく繰り返してくれて、思わず両手を掲げるようにして止める。 「先生が抱かせてくれるって約束してくれたら、卒業まで頑張れる」 「そ、そんな約束しません!」  そのまま雑誌の表紙にでもなりそうな決め笑顔でなんてことを言ってるんだこの子は!  期待に満ちた輝く瞳で見つめられても頷くわけがない。そんなのわかりきっていることなのに、近衛くんは楽しそうに身を乗り出し、答えを求めてくる。  自分に自信があるのはとてもいいことだと思うけれど、ぜひともそれは違う場所で発揮してほしい。あとあまり近寄らないでほしい。 「いいじゃん。たった一言で生徒がやる気出すっていうんだから」 「約束できないことは言えません」 「嘘ついていいから。言葉だけでいいから約束してよ。そしたら俺、頑張るから。それとも先生は俺に卒業してほしくないわけ?」 「そりゃ、してほしいけど……」 「じゃあ言って。お願い。この場限りでいいから」  ぐぐぐと思わず唸る。  この子のことだから、忙しくなって学校がいらないと判断したら明日にでも来なくなる可能性も大いにあり得る。  ならば今、近衛くんに一番近いかもしれない先生としてできることはなんだ?  ……他のときならまだしも、なんでこう頭が動いていない状態でこんな重要な決断を下さなきゃならないんだ。 「言ってくれたら、卒業まではエッチなことしないから」 「……それって、言わなかったらなんかするつもり?」  そしてダメ押しとばかりに追加された条件に引っかかる。  俺が約束するならしないという言い方はつまり、言わなきゃするという物騒な宣言なのでは? 「好きな人と一緒にいたらムラムラくんの当然じゃん。それを抑えるんだからぶら下げるニンジンくらいくれたっていいと思わない? ぶっちゃけめちゃくちゃヤりたい盛りですし」  そんな俺の漠然とした不安をしっかり肯定した上でさらに不安材料を重ねてくれる近衛くん。思春期ゆえの性的な悩み相談も受けてきたけれど、それを自分に真正面からぶつけられるとこれほど頭が回らなくなるのかと実感してしまった。  いや、男子高校生から性欲込みの恋愛感情をぶつけられるという経験に慣れるのもどうかと思うけど。 「生徒が学校来るかどうかのカギを先生が握ってるんだよ? カウンセラーとしてお仕事しなくていいわけ?」 「う……」 「嘘でいいって。この場限りの嘘でいいから一言言ってくれれば、俺は卒業するまでこの部屋で二人っきりになっても先生に手を出さないし、どんなに忙しくたって卒業まで頑張る。自慢の生徒になるからさ」  いやもちろん職業的にも大事なことではあるんだけど、単純にやっぱり近衛くんには学校に来てほしい。今までの頑張りを無駄にしてほしくないし、やる気次第の話なのだったらこのまま投げ出していいものじゃない、と思う。 「……言えば、ちゃんと学校来る?」 「来れる限り。少なくとも気分でサボることはしない」  仕事と学校生活の両立はハードだろう。言うほど簡単じゃないのは知っている。だから、そのためにモチベーションを高めて維持する助けになるのだったら。 「ん、もう時間ない。どうする先生? 言ってくれないなら俺もう行くけど」  俺の決心を後押しするように、近衛くんのスマホがアラームで時間を知らせる。やっぱり授業には出ずそのまま仕事に行くようだ。 「……わかったよ。かわいい生徒のためだからね」 「かわいいのは千聡先生」 「茶化さない」 「茶化してない、本音」  こんなことでこれからの学校生活も頑張れるっていうんだったら、とんでもない言葉でも言うぐらい安いもの、のはず。  元より、誰かの支えになりたくてこの職業を選んだんだ。頑張りたい人に頑張れって言うだけ……だけではないけれど……それくらいのことをできなくてどうする。  なにより近衛くん本人が言うだけでいいって言っているんだ。一言。それで満足するのなら、言ってやろうじゃないか。  「近衛くんが頑張って学校に来て卒業出来たら、……してもいいよ」  ごくりと唾を飲み込み、それでも乾く舌にとんでもない言葉を乗せる。  さすがに誰かに聞かれたらまずいからと近衛くんだけに届く潜めた声で言えば、非常に不満げに顔を歪められた。

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