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第14話
お姉様は何だか逃げるようにお屋敷から飛び出して芸能界に入ってしまったけれども、それまでは良く遊んでくれたり勉強を教えてくれたり、そして何より僕が細くて今よりももっと女の子っぽい顔をしていたので――今思うと、たぶんイジめて来た子供たちは僕の家が特殊だとは知らなかったのだろう。だって昔風な「弱きを助け、強きをくじく」集団だったけれど、世間一般では「関わったら危ない人達」に違いない。だから、僕はそんなことはしないけど、お父様がもっと怖い人だったら若い衆を差し向けられるかもしれなかったのだから――軽いイジメは受けていた。ま、「スカート履かないのか?」とか「やーい!男か女か分からないやー」とかの言葉だったので僕はそんなに気にしていなかったけれど。
そんな時にお姉さまが物凄い勢いで走って来て、僕を全力で庇ってくれたし。
だから、お姉さま――お父様の話だと家とは完全に縁を切っているということだったけれど、この店のスタッフや殆どのお客さんは「組長のお嬢さん」という認識を持っているので、お姉さまに逆らう人間なんて居ないだろうなと思った。
それに、今は「姉御」と呼ばれてお母様よりも重んじられている女性の実の娘だし。
「シオリ様がそこまで仰るとは正直仰天しました。
それならば、私が参加するのは――大変遺憾ですが――遠慮するとして」
「オレオレ詐欺で月に億は稼いでいるとかいう噂とか、蛇のような冷たい視線が身体を――重点的にさっきまでリョウさんに愛されていたトコを――這っていた。
そして、ああいう目つきには見覚えがあった。少女を監禁して殴る蹴るはもちろんのこともっと酷い仕打ちをしたことが露見してウチを破門された人間が時折ああいう冷たいガラス玉のような眼差しをしていた。
きっと、肉体的に虐めるのが大好きなんだろう。
リョウさんはショーという縛りがあるのは仕方ないものの、充分過ぎるほどに優しく愛してくれた。
そういう思いやりをとても嬉しく思ったんだけど、あの人にはそんな気持ちは欠片もないに違いない。
自然と安堵のため息が出てしまう。
栞お姉さまは「チェンジは許しません」って言ってくれた。だったら、リョウさんともう一回出来るってことなんだろうなと思うと無性に嬉しい。
12時を過ぎたと思っていたシンデレラが、お城の時計が壊れていて実際はまだ11時だったと知らされたのと同じくらいに。
お城の時計が壊れるかどうかまでは知らないけど。
「栞お姉さま、有難う……。リョウさんとなら、少しくらい乱暴でも構わないです。もちろん、リョウさんが良いと言ってくれたらという前提ですけれど……」
お願い!断らないで!という思いでリョウさんの手を必死に繋いだ。
だって、王子様にはパートナーチェンジという選択肢だって有るんだから。それか、お部屋に戻るっていうのも。
シンデレラ姫の物語にはそこまで書かれてないけど、リョウさんだって栞お姉さんの頼みを聞いてお義理の「一度だけ」のダンスをしただけかもしれないし。
「ユキが望むのなら、もう一度でも構わないが」
リョウさんがそう言ってくれて、涙が出るほど嬉しかった。やっぱり時計が壊れていて11時だったことが分かったシンデレラはこんな気持ちがしただろうな。王子様がまだダンスの相手をしてくれることが分かって。
「商談成立ね。最高のイケメンと咲き初めた花のような青年との本番は『二次会』の良い余興になると思います。
最低入札額は、そうね……1千万からにしましょうか?」
お姉さまが艶のある綺麗な声でそう宣言した。一千万円というお金はどんなものが買えるのか良く知らない。知らないけれど、観客席のざわめきとか、さっきのオークションでも似たような金額だったような気がした。僕は未知の恐怖で物凄く怖くてあんまり聞いていなかったけど。
それに観客席では「さすがは姉御のお嬢様だ!そんな豪儀なお金を使えるなんて」みたいな声がしている。こういうショーでは1千万円は高いらしい。
「お姉さま、その金額は……」
お姉さまの性格は多分変わっていないと思う。負けず嫌いなところとか、プライドが物凄く高い反面、物凄く優しいっていう。
しばらく見ない――テレビ越しには観ていたけれど――間に物凄く綺麗になったし、その綺麗さは女王様役とか、大名の奥方役などが振られるのに相応しい威厳とか気高さまで加わっている。
だから、お姉さまが(多分)大金を積んでくれるのだと思うと何だか申し訳ない気持ちになった。
リョウさんとの「ショー」が続くのは物凄く嬉しいんだけれど……。
「良いのよ。貴方にはお金が必要でしょ?このチャンスを逃してはいけないもの」
栞お姉様の言葉に、あ、そっかもうあの家には戻れないんだ!って。そして何かのドラマで見たように部屋を借りて一人で住まないといけないんだな……って思った。
だって、お屋敷に居れば、またこんなショーに出される可能性は物凄く高い。
相手がリョウさんなら良いけれど、他の男性相手だと嫌過ぎる。
ユリさんは「アレ」が付いていて、おっきく立ったらそれで良いのよ!とか言っていたけど、僕は嫌だと思った。
だったら、小さな部屋で一人暮らしをして、少なくともこんなショーに出ない生活をしたい。
そのためにお金を稼ぎなさいと栞お姉さまは言っているんだろう。
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