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第2話ー1

「…もしもし?…お世話になってます。え?…あぁ、この前のドラマの?…ほんとですか?…いや、気に入っていただけたならよかったです。…黒澤さんもお忙しそうで……今?今別のとこでゲームミュージックやってて……うん、面白いですよ?テクノサウンドってあんまやってなかったから……オケ曲は無理ですよ。ちょっと勝手が違いすぎるでしょ…ははっ…はい……はい。また何かあれば是非……はい。わざわざ連絡いただいてありがとうございます。またそっち顔出しますね……はい。お疲れ様です」  携帯を耳に当てたまま、相手が通話を切るのを待って終話ボタンを押した。画面の隅では充電を催促する赤いランプがちかちかと点滅していたが、充電器は寝室に置き去りになっており、まぁいいかとそのままデスクに投げ出した。  結局、浜崎を送り出して仮眠を取った後は、一日作業にかかりきりになってしまった。納期にはまだ余裕があったが、ゲームBGMが数パターン、CM曲が1曲。先ほどの電話の相手は、今期ドラマの劇伴を依頼してくれた人だった。黒澤とは、もう10年近い付き合いになる。歌手としては2年にも満たないプロ活動の後、歌唱曲を書けなくなった平木に、歌詞のつかないBGMの制作依頼を最初に入れてくれたのは彼で、それ以来、折々に仕事を回してくれる。今、こうしていられるのはだから彼のおかげで、その意味で黒澤は間違いなく恩人だった。  ふっと息をついて席を立ちキッチンへ向かう。平木自身はろくに使いもしない広々としたキッチンは、一緒に住もうと約束した女性の希望だったのだが、彼女がこの家に来る前に平木が浜崎を住まわせてしまったために結局、キッチンは使われもせず綺麗なままで、浜崎と家庭を天秤にかけて今を選んだ平木のせいで、有効に使われる機会を永久に失ったシステムキッチンは今、炒めると焼くしか能のない浜崎のいい加減な料理を生み出すだけの場所になっている。すっかりビールの保管庫になっている冷蔵庫を開け、ペットボトルの水を探し出して手に取った。一口口をつけ、喉を鳴らして飲み下す。  冷たく冷えた水が喉を過ぎ、食道を抜けて、胃に落ちる。その段になってようやく、渇いている、と思った。ひどく、渇いている。考えてみれば、今日は朝から何も口に入れていない。再びボトルに口をつけ、今度は半量ほどを一息に体に流し込んだ。唇の端からこぼれた水の一筋を手の甲で拭い、息をつく。簡単だ。身体の渇きは、こんなにも簡単に満たされる。水の一口、二口。ただそれだけで。  胸の内が、恐ろしいほど渇いている。もうずっと、何年も、砂漠の中を歩いている。

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