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第1話

 そこには入ってはいけないと言われていた。  しかしその日は、そばを通りかかるとなぜかその部屋のドアが開いていた。  珍しいと思いながらはやる気持ちを抑え、(えい)は恐る恐る中をのぞいた。  部屋の中央に、大きな水槽の中で直立している綺麗な人間がいた。  円筒形のガラスに囲まれて、満たされた何かの液体の中に沈められている。口元は酸素マスクのようなもので覆われ、太いチューブで上部に繋がっている。  目を閉じて、髪の毛だけが浮力にまかせるように漂っていた。  白い肌に艶やかな黒い髪。端正な顔立ちに、ほっそりとした長い手足。無駄な脂肪はなく、しかし男らしく力強い筋肉もない。どこか中性的で、透明になってどこかに消えてしまいそうな儚さがあった。  あまりの美しさに暎は隠れることも忘れその場に立ち尽くす。  水槽の前には夏希がガラスに手をあてて彼に何か話しかけていた。  かすかに聞こえてくる夏希(なつき)の言葉。 「(ゆい)、愛してる」  何度もそう繰り返し、夏希はずっと泣いていた。 「俺には……お前だけだ」  より高く、顔に触れたいとばかりに手を伸ばす。 「だからどうか……どうかまた、俺のもとに……」  それ以上は言葉が出ないようで、うなだれてすすり泣く。  悲しく響く静かな泣き声。  幼い暎は美しい唯の姿に目を奪われ、夏希の切ない泣き声に心を奪われた。

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