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第7話
ふっとカーテンが開けられたような感覚で目が覚めた。部屋は暗いけれど、すぐ前に郁人の顔がある。そこから聞こえる規則正しい寝息が昨晩の出来事が嘘じゃないと物語っていた。
起こさないようにしたかったが、お互い寝起きはいい方だ。少し動いただけで郁人も目を開けた。
「おう……」
「はよー、何時?」
「六時、三分。朝飯、パンでいい?」
「うん、コーヒーも。ミルクと砂糖入れて」
「はいよ」
知っている郁人だ。
パンとベーコンエッグの簡単な朝飯にカフェオレを添える。五分もかからず食べ終わり、台所のシンク前に並んで食器を洗ってゆく。
「なぁ、お前さ、いいの?」
「服? 一回帰ってスーツに着替えて出勤するよ」
「それもだけど、彼女とか、いただろ?」
「大学の時の話だ、もう言うな! 一番好きなものが手に入らないなら、次善策講じるだろ」
「飯が食えないならゼリー飲料飲め、みたいな?」
カップの泡を流しながら郁人は俺の尻を膝蹴りした。
「ご飯がないならお菓子をお食べ的な感じ。俺はやっぱりご飯がいいの」
顔がにやけるのが止まらない。俺のご飯。お前の全てが俺の飯で出来上がるまで食わせたい。
「んだよ、ニヤニヤして」
「だってさ、偶然お前が俺の店見つけなかったらもう会うこともなかったのに、って思うと嬉しくて仕方ないだろ」
「あー、それね......お前さ、昨日俺が偶然あの店に行ったと思ってんの?」
「ちがうの?」
「不動産屋に就職したって言ったろ。ここの管理、うちが請け負ってるんだ。お前の名前見たとき、嘘だろって思った。二年間音沙汰なかった海斗から連絡が来たような気がしたんだ」
ここにも何度か掃除に来たという郁人は、違う男と部屋から出る俺を見かけていたらしい。
「ほんっと、腹たったわ。四年間二人で散々遊びに行って寝泊まりもしてたのに、俺とは手もつながず別の人間を泊めるとか、ありえねぇ、って」
本気で怒ってる訳じゃないと思うけれど、何も言えなかった。その代わり、突き出されたカップごと郁人の手を握った。眉が上がって唇の片端が上がる。
「ふうん、そんなことしちゃうんだ」
「しちゃうよ、ずっとしたかったんだ。六年間我慢してたのはお前だけじゃない」
コップを脇に置き、濡れてしっとりとした郁人の指にキスをした。少しふやけて柔らかい。次に触れる時までに俺の手をちゃんと治さないと、傷つけてしまいそうだ。
どちらからともなく顔を寄せてキスをした。もう日が昇って外が明るくなっている。そろそろ人が動き始める時間が。さっきカーテンを開いたから外から丸見えだ。なのに離れがたい。満たされたと思ったのに、もっともっともっと欲しくなる。
あいつの腰に手を回して抱き寄せ、しっとりとしたキスをしていると、テレビから朝の占いが流れてきた。
『みずがめ座のラッキーアイテムはクロックムッシュ、カフェで素敵な出会いがあるかも!』
「お、今日の昼はクロックムッシュにビーフシチューだ」
「何そのカフェみたいなメニューは。あそこ定食屋じゃないの?」
「うーん、カフェっぽい定食屋? いや、定食も出すカフェかな」
うっかり苦手なものを口にしてしまったような表情でしばらく考えていた郁人は、俺の顔を見て真面目に言った。
「素敵な出会いなんかもう期待すんなよ」
「はあ? テレビの星占いなんか気にするのかよ」
「クロックムッシュでカフェだろ。お前みずがめ座だし」
割と本気で言っているように見える郁人に、俺は軽く頭突きして笑った。
「だったら今日の昼、食べにこいよ。それでいいだろ?」
「いってえ......しょうがないなぁ。昼休み短いから大変なんだけどな」
ぶつぶつ言ってるけどまんざらでもなさそうだ。
お互いに腰を抱いていて逃げられないのをいいことに、足を踏んだり、額をぶつけあって笑った。
午前七時前、ドアを開けると晴れた秋の空が広がっていた。
「洗濯ものがよく乾きそうだな」
「うん、歩くにはいい天気だから、ランチ客の出足もよさそうだ」
「またな」と手を振って郁人を送り出す。駅に向かって歩いてゆくパーカーのフードがリズムよく揺れている。
二年間会わなかった郁人と、次は数時間後に会えるんだ。
それを糧に、俺は今日もおいしいご飯を作って、誰かの食欲を満たして生きていこうと思った。
終わり
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