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第6話

 上にいる俺のせいで顔が翳っているけれど、皮肉そうにゆがめられた口元と、ぎらぎらと光る瞳が見えた。いつもそうだ、郁人は目を逸らさない。気が強くて、おしゃべりで、明るくて......。  でもその口から出た声は、これまで聞いたことないほど苦しそうだった。 「四年間そんなもの欲しそうな顔して我慢してたくせに、久しぶりに会ってキスできるくらいなら、なんでもっと早く連絡してこなかったんだよ!」 「え?」 「え、じゃねーよ、何だよその反応。キスすんなら早くしろよ! 人を待たせすぎなんだよ、大遅刻! 社会人失格、ばか、あほ、まぬけ、鈍感、KY」  数々のひどい言葉を投げつけてくる郁人の顔は真っ赤だった。めちゃくちゃ真剣な顔で怒鳴りつけてくるのに、どうしよう。嬉しい気持ちが湧き上がってどんな顔すればいいのかわからない。多分泣きそうで笑顔が止まらなくて、でも我慢しなきゃとも思ってて、きっとひどい顔をしていたのだろう。郁人が口を閉じて眉を上げ、呆れているのを見れば明らかだ。 「......なんて顔してんだ、笑うか泣くかどっちかにしろよ」  顎を掴まれた。郁人の指先がぎりぎりと皮膚に食い込んでくる。三日月のように開かれた唇の隙間から、さっき見た舌がちらりと顔をのぞかせる。こんな状況なのに、俺の下半身が発情期の犬みたいに反応する。郁人の脚が動いて、膝頭で柔らかくこねられた。 「おったててんじゃねーよ。海斗、俺とセックスしたかった?」 「ずっと……でも……郁人と一緒に遊んでいられればいいやって......お前ががそんな風に思ってたなんて、気付かなかった」  嬉しくて、驚いて、滲んでいた視界がさらに歪む。眉間が熱くなって、目頭から流れた涙が頬をくすぐって下りてゆく。郁人は横に転がったデイパックに手を伸ばし、引っ張り出したタオルハンカチを俺の顔に押し付けた。 「こっちが待たされたんだ、慰めねーぞ」 「......うん」  そう言い返すのが精一杯だ。溢れ出そうな涙をどうにか堪えて息を一つ吐く。 すると反対の腕が俺の首の後ろに回って引き寄せられた。軽く唇を合わせた郁人が満足そうに微笑んでいる。 「俺も、したいんだけど。でも今夜じゃなくて、また今度。試験終わってからな。あーあ、社会人はつらいな」  ぽんぽんと頭をたたかれてからまた唇がふさがれる。強引なキスのくせにあいつの舌はじらすように唇の内側をゆっくりとたどっている。もどかしくてこちらから舌を絡めると閉じていた目が薄く開き、俺の咥内に忍び込んできた。  顎を掴んでいた手が緩み、指が輪郭を舐めてゆく。喉を下り、鎖骨を撫で、シャツの上から胸筋の輪郭を確認するように撫でまわされた。指先がまだ柔らかい乳首を捉え、執拗に捏ねてゆく。腹の奥底で熱が高まり、堪えていた気持ちが溶けだした。  シャツを引きずり出した手がベルトを緩め、ズボンと下着をずり下げた。気持ちよくなるために必要なところだけが露出する。床の上でにじり寄って腰を近づけた。  だらしなく涎を垂らす二人の中心を郁人の手がまとめて扱き出した。性急で直接的な刺激を生み出す手つきは、今のこいつの気持ちを代弁しているのだろうか。  鼓膜に纏わりつくような粘着質の音を聞きながら何度も唇を合わせた。額をつけて荒い息を交えながら舌を絡めた。郁人の掌は滑らかで、二人分の蜜液で包まれた欲望はどんどん熱くなってゆく。 「海斗も......触ってよ」  触っていいのなら触りたい。そのまま郁人の身体の奥まで暴きたい。でも年中水を触っている俺の手はガサガサだ。指先をこすり合わせるとささくれた皮膚が引っかかる。 「......俺の手荒れてるんだ」  指先を見せると郁人は愛おしそうに目を細めた。皮膚を傷つけないように頬にかかる髪を後ろに撫でつけてやると、相好を崩した。 「しょうがないな。六年も待たされてるからいい加減にしろって言いたいけど、今日は俺が出してやるよ」

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