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第2話
離婚はしないが別居になった為、一人暮らしを始めた。
住み慣れた家を離れ寂しさを感じたが、結婚して子供も出来た為もうこれ以上は何も求められる事はないだろう。
少し気が晴れた。
1人になると考えてしまうのは兄の事。
幸せ真っ只中にいる兄に想いは告げられない。
目を瞑ると浮かぶのは耳に与えられた甘い吐息と声。
兄に呼ばれた名前はまるで自分のじゃない位特別な物に感じた。
「兄様。……兄…様」
寂しくて逢いたくて無意識に口から出てしまう声と嗚咽。
苦しくて涙が溢れる。
どうして俺はαなんだろう。
何故Ωじゃないんだ?
美波さんが、兄の結婚相手が羨ましい。
女性でΩで運命の番なんて、俺が欲しい物を全て持っている。
ズルイよ。ズルイ。
って、バカだな俺。
羨んでもどうしようもないじゃないか。
羨んで状況が変わるのなら幾らでも妬んで羨む。
だが、実際変わる筈もないのだ。
そっと机の引き出しを開ける。
その中に隠し入れている小さな鍵付きの箱を取り出す。
大切に仕舞っているのは、あの日兄が帰ってからゴミ箱から拾った兄の棄てた使用済みのゴム。
時間が経っているが、まだ微かに兄の香りがする。
あの日部屋に充満した兄の香り。
甘くて身体が痺れる柑橘系の爽やかなそれはいつもより強くて、性行の時は強く香るのだと知った。
思い出すだけで熱くなる身体。
兄に抱かれる彼女を見て羨ましさで身が焦がれた。
その後は間接的にだが、彼女から兄の熱を感じた。
兄の抱いた身体だから抱けた。
そうでなければ、吐いていた。
それ位俺は兄以外受け付けられないんだ。
「飲みたかったな」
ゴミとして棄てる位なら飲ませて欲しかった。
兄のを身体の中に流し入れて、体内で少しでも混じり合いたかった。
「兄様」
そっとソレに触れ涙を流す。
「……兄様…」
「お前にはソレが俺に見えるのか?」
え?
慌てて振り返ると苦笑混じりの兄がドアに身体を預けて俺を見ていた。
えっ、何時から?
何時から兄は居たんだ?
慌ててソレを箱に戻し机の中に仕舞う。
見られた…よな?
どうしよう。兄のゴミを拾って大切に保管していたなんて、こんなの不快に思われてしまう。
「飲みたいの?俺の」
……そこから聞かれていたのか。
コクリ頷く。
「何処で飲みたいの?口?それとも」
ゆっくり確認する様に身体を這う指先。
「……此処?」
後孔の上でそれは止まった。
「此処に欲しいの?和泉」
甘く柔らかな声色で聞かれる質問は俺の心を揺らす。
「……欲しい…です。兄様が欲しい」
同情でも興味本位でも何でも構わない。
兄に触れて貰えるのなら、俺は悪魔にでも命を捧げれる。
「一度きりで構いません。兄様に抱かれたい。愛して欲しい。兄様が………好き…なんです」
ずっと言いたくて言えなかった言葉。
多分もう普通の兄弟には戻れない。
実兄にこんな事を頼む弟なんて、嫌悪の対象でしかないだろう。
来るだろう蔑まれた視線が怖くて目を閉じる。
ふわり優しく頭を撫でられ恐る恐る目を開けると
「漸く口にしたな和泉」
兄は柔らかな笑みを浮かべていた。
気持ち悪いって罵らないのか?
「気持ち悪くないんですか?実弟に変な目で見られて」
兄は優しいから言えないのだろう。
遠慮なく言って欲しい。
罵られ突き放された方が諦めも付く。
まぁ、それでも好きな気持ちは変わらないが。
「バカだな。和泉を気持ち悪いなんて思うワケないだろう」
え?
「お前の気持ちは知っていたよ。何年兄をしてると思う?弟の事が分からない程馬鹿な兄ではないつもりだよ」
知ってたって。
なら何故優しくしてくれるんだ?
弟だから?
弟だから許してくれるのか?
「逢う度に綺麗になっていくお前はいつも俺に甘くて熱い視線をくれた。俺の命令には絶対従い、どんな無理な事でさえ受け入れた。結婚や性行でさえしたくなかったろうに俺が指導して祝福したからした。そうだろ?」
嗚呼、兄には全て見透かされていたのか。
ひたすら隠していた想いは全て明るみに出ていたのだ。
「口にしなくても伝わってたよ。お前はいつも目で態度で俺に想いを伝えていた。好きだ、愛して欲しいって」
え、ちょっ、嘘?
何それ俺恥ずかしい。
慌てて俯くと
「安心しろ。俺にしかバレてないと思うよ」
兄は俺の顔を覗き込みながら
「顔真っ赤だね。凄く可愛い」
凄く甘い顔で微笑んだ。
どうしてこんなに優しいのだろう。
泣きたくなるではないか。
「昔っから俺だけを見て、俺の事しか考えない和泉が可愛くて堪らなかった。どんなに魅力的な女性にもΩにも動じず俺だけを欲する。運命の番の前でさえ発情せず俺に助けを乞う姿は愛しいとさえ思えた」
顎を指先で上向きにされ合わされた視線。
熱の篭った目が俺を見詰める。
「お前はαだが、俺にとってはずっと俺だけのΩだよ。番になれなくても結婚出来なくてもそれは一生変わらない。性別は違うけれど、精神的な繋がりではお前が俺の運命の番だと思ってるよ。お前が産まれた瞬間からずっとな?」
え、それって一体どういう意味なんだ?
「多分和泉は好きだと言われたから俺が同情してると、弟だから好きでいてくれていると思ってるね?でも違うんだよ。先に好きになったのは俺だ。この世に生を受けた和泉を見た瞬間に凄く甘くて幸せな気持ちになった。最初は弟だから可愛いのだと思ってた。だが、俺だけに懐く和泉を見ていたら可愛さが愛しさに変わった」
兄様が俺を……好き?
「跡継ぎを残す為番を見付けて結婚して子供を作った。彼女を抱く時脳内にあったのは和泉だよ。俺が射精する時は全て和泉の事を考えている時だけ。初めての自慰の時もそうだよ。和泉に見られて欲情した。甘い視線と声を思い出しながら達した。いつも俺を突き動かすのは全て和泉お前だけだよ」
「なら、何故、何故俺に儀式をさせたんですか?何故結婚させて子供迄作らせたんですか?俺辛くて哀しくて苦しくて、何度も死にたいって考えていました。兄様に愛されないのなら、一層の事兄様に殺されたいって」
兄を責めてはいけないって分かっている。
兄は何も悪くない。
運命の番同士の仲を深めさせ結婚させたのだから。
兄が居なかったら彼女を抱けなかったし、結婚も出産も有り得なかった。
感謝しか感じてはいけないんだ。
「ごめんな和泉。お前がしたくないのは分かっていた。だが、互いに結婚と出産という義務を果たしたら肩の荷が降りるだろ?だから俺はしたし、和泉にもさせた」
「俺の結婚相手の美波はね、Ωだが自分の性別を嫌っているんだ。彼女には好きな女性が居る。βのね。ずっとαに産まれたかったと言っていたよ。だから結婚は誰とでも良かったんだ。出産を終えた彼女は今別居してずっと好きだった女性と住んでいるよ。俺もお前以外となら誰とでも良かったから互いに意見が一致したってワケだ俺達の結婚は」
てっきり兄の結婚は互いに想いあっての物だと思ってた。
だが違ったのか。
互いに違う人間を想いながら、義務を果たす為に番になった。
結ばれない相手を想う時はそういう結婚も有り得るのか。
モヤッとする。
「今息子は俺と一緒に居るが、妻は別居中で居ない。番の解消は世間体もあるししないつもりだが、俺は今独り身だよ?和泉一緒に住まないか?」
俺の子供は男女の双子で今は母と妻が2人で育てている。
番解消はしないで別居中なのは兄と一緒だ。
「和泉が今一人暮らしをしているのは母に聞いて知っているよ。母が子供達を引き取った事も。もし和泉が嫌でなければ俺と一緒に俺の子供を育ててくれないか?一緒に居たいんだ和泉」
これは本当に現実なのだろうか。
目を開けたら夢だった、とかではないよな?
信じて良いのか?
ねぇ兄様。
これは本当に夢じゃないの?
「和泉」
頬に触れる指先。
そっと拭われた雫で、泣いている事に気付いた。
「好きだよ和泉。俺の側に来てくれないか?ずっと一緒に居て欲しい。嫌か?和泉が嫌だったら無理強いはしないよ」
嫌じゃない。
嫌じゃないよ兄様。
だけど良いのか?俺なんかが兄様の側に居て良いの?
「和泉、教えて?和泉はどうしたい?」
「………兄様と…一緒に居たい……です」
応える声が震えてしまう為小さくなる。
これじゃ兄に聞こえない。
「兄様が好きです」
一度深呼吸をし、兄に伝えた。
「俺で良ければ兄様の側に居させて下さい。ずっと一緒に居たいです。兄様に愛されたい。俺を兄様だけの物にして下さい」
溢れ出す長年蓄積されてきた想い。
恥もプライドも全て捨て、泣きながら兄にしがみ付いた。
抱き寄せられる身体。
兄の腕は逞しく、俺をすっぽり包み込んだ。
甘い柑橘系の香りに包まれ満たされる。
嗚呼、幸せだ。
目を閉じ、兄の背中に腕を回した。
その後兄は俺を抱いた。
Ωと違い、濡れない後孔。
ローションで潤し、兄は俺の胎内に自身を埋め込んだ。
本来受け入れる為に作られていないソコは快楽ではなく痛みを与えたが、兄からの刺激はどんな些細な物でさえ俺にとっては快感だ。
ヒリヒリとした痛みも中を抉られる苦しみも全て兄から与えられているのだと理解したら、嬉しくて幸せで
「兄様好き。大好き」
俺は嬉し涙を流しながら唇を重ねた。
目が覚めると、兄の腕の中に抱き締められていた。
身体を引き裂く痛みは途中から完全に甘い刺激に変わり、俺は甘えた声を出しながら何度も兄を求めた。
そのせいで疲れ果てて意識を手放したのだ。
何度抱かれたか分からない。
意識を失う直前
「……噛んで…下さい。兄様」
懇願すると
「愛してるよ和泉」
兄は俺の項に歯形を付けてくれた。
それはまるで番成立の儀式みたいで。
叶う筈ないのに、兄の運命の相手になれた様な幸せに満たされた。
それから俺達は一緒に住み始めた。
兄が付けてくれた歯形は奇跡的に消えずに残っているが、Ωではない為妊娠はしなかった。
因みに妻である千景は母を本気で好きになり、新たな性癖に目覚めたらしい。
運命の番以外に抱かれるのは凄まじい痛みと苦痛を伴うが、それさえ幸せに感じている。
今では快楽を見出しているらしい。
まぁ、本人達が幸せだからそれも悪くはないと思えるが。
αとΩだからいずれ子供も出来るかもしれないな。
ある意味母は運命の相手を見付けれたと言っても過言ではない。
まぁ、父は報われないが。
俺はというと
「デートしようか?和泉」
兄の誘いに心を弾ませていた。
「はい」
差し伸べる兄の手に身を任せながら
「大好きです兄様」
幸せに満たされた。
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