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第1話

 ここは河童の里、大沼。そのほとりに、筋骨隆々な男二人が対峙していた。全身緑色、手足には水掻きがあり、頭には皿を載せ、人間の倍はある口には嘴を持ち、獰猛な肉食鳥を彷彿とさせる金色の目で睨み合っている。 「スイ様頑張って~!」  雌河童の黄色い声援を受けて、スイと呼ばれた若い雄の河童は相手をいとも簡単に土俵から押し出した。 「ははは! 今日も俺が一番だ!」  高らかに笑うスイは、一段と華やかな声を上げる雌河童たちの腰に手を回し、自分のねぐらへ連れ帰った。 「スイめ、いつも雌も魚も独り占めしやがって。畜生」  なんとかスイに一泡吹かせてやりたい、そんなことを話し合っている雄河童たちであったが、乱暴者で気の短いスイに敵う者はいなかった。 *  ある日、雄河童たちが食料を集めに川までやってきた。スイはその先頭を走り、一番に川へ飛び込んだ。  ひと泳ぎで何匹もの魚を獲ったスイは、苦戦する老若の河童を尻目に、一人で魚を食べ始めた。 「スイ。魚を分け合え。同じ里の仲間じゃねえか」 「嫌だ。獲れない下手糞が悪いんだろ」  助け合うのが当然だと文句を言う河童たちを、スイは鼻で笑い飛ばした。 「勝負して俺に勝てたらいいぜ。あのデカイ杉の木、あれを倒したら勝ちだ。お前らは全員で助け合いとやらをやってもいいぞ」 「今度こそ鼻っ柱を折ってやる」  意気込む雄河童たちは、大きく聳え立つ杉の木に体当たりして揺らすが、びくともしなかった。 「どけ。俺の番だ」  スイが大きく息を吸って木に体当たりすると、轟音とともに木は呆気なく倒れた。 「勝負にならん。屑は束になっても屑だ。馬鹿馬鹿しい」  スイはその晩、腹が減って目が覚めた。昼間無駄な力を使ったせいだと舌打ちする。  腕を絡めて寝ていた雌河童を乱暴に引き剥がし魚を獲りに出ようとしたが、外は土砂降りになっていた。 「今晩から荒れるって、だから明日の分の魚を獲りに行ったんでしょう? ねえ、もう一回しましょうよ」  乳房を押し付けてしなだれかかってくる雌河童を足蹴にし、スイは表へと出た。危ないわよという声が聞こえたが、泳ぎに自信があったスイは馬鹿にされたように思えて不愉快になった。  里の弱っちいヤツらとは違うんだと、スイは沼を出て川へと向かった。  水が得意な河童だが、容赦なく降りつける雨粒と強い風で、スイは足元を掬われそうになる。ひやりと肝を冷やしたが、腹が減って頭に血が上っているスイは川へ勢いよく飛び込んだ。  瞬間、濁流がスイの身体を襲ったが、得意の泳ぎで流木を避けて難なく魚を捕まえた。 「楽勝、楽勝」  だが、驕りが油断を生んだ。  川から上がろうとした時。岸が崩れて土石流となり、スイの身体をあっという間に飲み込んでしまったのだった。

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