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第七章 愛を叫ぶ狼達 9

 固まる俺の少し先に、黒髪のスーツ姿の彼が微笑む。そして彼は俺を見て、ニッコリと微笑み口を開いた。 「来月から松下さんの代わりに、悠矢様の正式な秘書兼サポート役を務めます、西園寺莉玖です。悠矢様、これからよろしくお願い致します」  敬礼の角度で俺にお辞儀をする彼。俺はバカみたいに口が空いたままだ。俺は今、夢を見ているのだろうか。正式なサポート、彼が、俺の…? いや、でも俺の知っている彼はこんな丁寧な喋り方を俺に対して使わない…やはり、夢か。 「……おい、人が挨拶してんのにいつまでアホ面してんだ、ボケ」  アホ面、ボケ…この言葉遣い。じわりじわりと、目に涙が滲む。 「だからいつまで固まって…うおっ!?」  そのまま彼に飛びつくと、如月が腰掛けている二人がけのソファへ二人倒れ込んだ。  細いけど、このしっかりした筋肉、この髪の毛の匂い。この荒い言葉遣い。ああ、莉玖だ。俺の大好きな西園寺莉玖だ。 「おいっ! ここどこだと思ってんだ! 会うなり盛ってんじゃねぇよ!」  莉玖は抱きしめる俺を引き剥がそうと必死だ。だけど俺が離すわけがない。 「こんなん盛んなってのが無理だろ! マジで、マジで莉玖が俺のサポートすんの? あ〜嬉しいマジで嬉しい…頑張ってきて良かった〜〜」  俺は彼の胸にグリグリと顔を押し付ける。 「まだ辞令がでる前なので内密に。彼に口頭で内示を伝えたら、撮影の後に悠矢様に会いたいと。シャワーと洗浄済ませてきたから、遅くなったんですよね」  如月の言葉に、顔をガバッと起こして莉玖の顔を見る。シャワーと洗浄済ませてきたってことは……。 「こうなるに決まってんだから、準備しとかねーと俺が大変だろーが」  顔を真っ赤にする莉玖。ああ、なんて出来た恋人。 「……り、莉玖〜〜ッ♡♡愛してるッ♡♡」 「だからって役員室でやんねーよ! 仕事終わってからだ! 悠矢! 早速ボタン外すな! 高校生の時と変わんねーのかお前は!」 「こら、西園寺。上司にその言葉遣いはダメでしょう。お二人とも、来月からの仕事中はちゃんとして下さいよ。暫く私が彼の補佐で入ります。悠矢様も、彼の事は仕事中は西園寺と呼んで下さい」 「如月、内示出たなら何で真っ先に俺へ報告しねぇんだよ。なーにが莉玖はアメリカで研修だ! 嘘ついてんじゃねーよ!」 「悠矢様の凹んでる顔と喜ぶ顔が見たくて」 「このドS! バカ! 変態!」 「ふふっ…〝Happy birthday my dear.〟」  如月は立ち上がって、鞄からハンドクリームみたいな容器と新品のコンドームの箱を机に置いた。容器をよく見るとローションだ。なんて実用的な誕生日プレゼントだろう。 「十八時からミーティングだから、それまでに終わらせて下さい。私はそれまで松下と食事に行ってきます。西園寺、悠矢様の事お願いしますね」 「お願いってセックスの事かよ…」 「西園寺、返事」  如月の眼鏡がキラリと光る。その奥の目は鋭い。 「……ッ…わ、わかりました」  如月はニッコリと笑って、そのまま部屋を出て行った。部屋には、少し小さいソファに寝転ぶ俺と莉玖だけ。彼の綺麗な顔を黙って見つめると、いつのまにか唇が触れた。 「シンガポールじゃなかったのかよ」  二十代後半とは思えないすべすべとした肌に勝手に指先が吸い寄せられる。やっぱり可愛い。今すぐ食べたい。 「それは昨日。斗真と一緒に今日の昼、上海に着いたんだよ。びっくりさせようと思って黙ってた」 「……本当に俺のサポートすんの?」  彼のみずみずしい下唇を、親指の腹で撫でる。見てるだけで胸が疼いて、自分の唇を彼の頬や顎に沢山押し付ける。俺は目の前に彼がいるのがまだ夢みたいで、これが夢なら覚めないで欲しい。 「お前、俺がどんだけ頑張ったか知らねーのかよ。お前のサポートぐらい出来るっつーの。こんなアホの下につくのは不安だけど」  お前がどれだけ頑張ってきたかなんて知っている。だけどこれから毎日お前の顔を見れるなんて、これ以上ないプレゼントだ。アホって言うなと反論したいが、喋り出せば先に涙が溢れそうで、うまく声が出ない。 「悠矢様、俺は泣いてる貴方に何をしたら良いですか?……I'm at your disposal, sir.(貴方の仰る通りにします)」    出会った頃に俺に怯えていた彼は今、俺を見て笑っている。  滅茶苦茶なやり方でお前を無理矢理繋いでいた俺。だけどお前から離れない様に繋がれていたのは、本当は俺の方だ。だけど、離さないでくれ。そのまま俺が逃げない様に縛り付けてくれ。 「じゃあ西園寺……俺の事、一生愛して……」 「それが俺の初仕事? アホ…一生どころか、生まれ変わっても愛してやる…」  彼の手が、俺の首に周り、そのまま唇が塞がれる。  ‪『〝私とともに歩け。私たちは、ひとつなのだから〟あなた達にはそうなって貰います』  いつかの如月の言葉が過ぎる。  そうだ、俺たちはきっと繋がる為に出会ったのだ。寂しいと心で叫んでいたお前と共にこの人生を歩む為に。  俺たちは繋がって、やがてひとつになるために‪。  ああ、俺をこんなにトロトロにさせるのも、手懐けるのもお前だけ。  孤独な狼、いつのまにかお前から、俺は愛を沢山貰っていた。  これからは、お前がもう孤独に叫ばなくてもいいように、絶えず愛で包ませて‪──。  

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