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旧友

誰にだってあるだろう。 心に沈めていても、なにかのきっかけで輪郭が露わになる思い出が。 私もそんなものを抱えている。 忘れたい過去ではなかった。 しかし三十代の私にとって、あまりにも甘く遠い昔のことだった。 あのまま彼に身を任せていたら、私は東京でいっぱしの作家になることはなかっただろう。 彼と交わした言葉。 私の唇と指先が味わった、彼の熱。 彼が友人には決して見せない、男の顔。 そして、彼が一方的に私に押しつけたメッセージ。 彼と別れて十年余りが過ぎた。 腕時計が秒針を刻むごとに、彼と過ごした夜は切ない記憶へと昇華していった。 青春を捨てなくてはいけない年頃の男ふたりが、浮かれて道を外れそうになった、ひと夜の出来事。 そう思い、ひとりで生きていけばよかった。 彼――沢木(さわき)真昼(まひる)から手紙が届くまでは。

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