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SOS

 携帯電話が唐突に震えたのは仕事からの帰り道、自宅付近の繁華街をもうすぐ抜けるところだった。  スーツの胸ポケットから取り出したオリーブグリーンの携帯電話。小さなディスプレイに点滅していたのは『秋月紅葉(あきづき くれは)』の名前。  誰、だったろうか。思い出せない。けれど、その名前にひどく懐かしいものを感じた。  少なくとも、入社したばかりの会社関係の人間ではない。もっと昔に見ている。俺の交友関係は決して広くない。だから簡単に思い出せるはずなのに、喉の奥に刺さった小魚の骨みたいに記憶が上手く引き出せない。  焦れた俺が次に取った行動は、携帯電話を開き、通話ボタンを押すことだった。もしもし、と口にするより先に、その声は聞こえてきた。 『……たす、けて……』  喧騒とファーストフードの特徴的な店内BGMの中で、今にも消えてしまいそうな声。  やはり俺の記憶から引き出せるものは何もない。けれど、知っているかもしれない誰かの危機が迫っていることだけは伝わって来た。 「っどこだ、どこにいる!」  返事がない。いや、荒い吐息が聞こえる。声を出すのも辛い程、相手は窮地に立たされているのだ。  ふと、喧騒の中で一際大きく聞こえる音に思い当たることがあった。この音楽、この辺りで一軒だけあるファーストフード店のものだ。その店が配置されている地域の名前が盛り込まれていて、音楽だけでどこの地域の店なのか特定できる。  ……聞こえてきた地域名は、間違いなくこの繁華街の名前だった。 「今行く、だからそこで待っていてくれ!」  携帯電話から聞こえてくる微かな吐息を頼りに、音楽が流れているファーストフード店を見つける。その脇の路地で、ゴミ袋の隅で身を潜めるように倒れている男を見つけた。  暗い赤毛に小さな体。着衣に乱れもなく、怪我もなさそうだ。  だが、その体からは眉を寄せてしまうような不快な匂いが漂っていた。

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