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第1話

 俺はため息を吐き、覚悟を決めた。 「わかりました……。やります。やりますよ」  その言葉に、先パイはにやりと笑う。 「よーし。じゃあ、次にあの角を曲がって来た相手にな」  と、楽しそうに指を差す先パイ。  俺はそちらに視線を向けて、まだ見ぬ相手に心の中で謝罪した。  これから俺に告白される誰か。ごめん。罰ゲームなんだ。こういうのは第3者に迷惑をかけるべきではないと思うけど、男に二言は許されない。やると約束してしまったからには、それを破るわけにはいかないんだ。  こうなってしまったのは、俺が先パイとの賭けに負けたからだった。サッカー部の先パイと、W杯の決勝戦でどちらが勝つのか、賭けをした。負けた方は、勝った方の言うことを1つ聞く。そういう約束だった。  そこで先パイが言い出したのは、『次の角を曲がって来た相手に告白をする』なんていう、ふざけたもので。関係ない人に迷惑をかけるわけにはいかないから、俺も抗議を試みたものの、先パイは頑として譲ってくれず。  仕方なく、俺はそれに従うことにしたのだった。  まだ見ぬ誰か、ごめん。告白した後は、即行でこれが「罰ゲーム」であることを教えるから。  そう思いながら、その相手を待っていると。  足音が近づいてきた。  来た。  心臓が高い音を立てる。気持ちのこもっていない告白とは言え、緊張する。  どうか、冗談の通じる相手でありますように。  そう祈りながら待っていると、その人物が角から顔を出した。  俺はそいつを見て、唖然としてしまう。 「拓海(たくみ)、こんなところで何してるんだ?」  そいつは俺のよく知っている相手だった。  三矢涼(みつやりょう)。同じサッカー部で同級生。さらに言えば、幼稚園からの腐れ縁。いわゆる幼なじみって奴だ。  これはラッキー。  相手が涼なら、問題ないだろう。  俺に告白なんてされても、呆然とするだけだろうし。それが罰ゲームだったとわかれば、きっと笑い飛ばしてくれるにちがいない。  こいつ相手なら緊張することもない。無駄に付き合いが長いせいで、お互いのことは知り尽くしている。もはや兄弟みたいなもんだ。  その言葉はするりと口を吐いて出た。 「……お前のこと、好きなんだけど」  涼は唖然としている。目を見開いて、俺の顔を見る。  予想通りの反応だ。後はネタばらしをして、笑い話に変えてしまおう。  俺が口を開きかけた。その時だった。 「おっ……俺も好きだよ、拓海いいいい!」  なぜか涼は赤くなりながら。  なぜか俺の手を痛いくらいに握りながら。  とんでもないことを言いだした。  今度は俺が唖然とする番だった。  うん……ちょっと待とうか。 「いや……涼……悪いんだけどさ……今のは……」 「俺もずっとお前のことが好きだったんだ!」 「だから……ちょっと待って……」 「好きだよ、拓海! 大好き!」  話を聞け!  だから、待てっつってんだろ!  そんな俺の心の声なんぞ露知らず、涼はバカみたいに抱き着いてくるのだった。  おい……なんでこうなった。 「いやー。晴れて両想いとは。よかったなあ、桐野(きりの)」  先パイの言葉に俺は憮然と返した。 「よくない……。まったく、よくない」  あの後、なぜか涼と付き合うことになってしまった俺は、一緒に帰ろうとしつこく誘って来る涼を振り払い、顛末を先パイに報告しているところだった。  俺にふざけた罰ゲームを強要して来た男は、サッカー部の一つ歳上。海老原(えびはら)先パイ。通称、エビせんである。  先パイはもう、心底楽しそうにしている。ほんと他人事だな。 「どうしたらいいんですか……これ」  俺は頭を抱えた。  涼と付き合う? あり得ない。幼なじみだぞ。つーか、男だぞ。  俺の気持ちなんてどこ吹く風で、先パイはお気楽な口調で言う。 「そりゃもう、付き合っちゃうしかねーじゃん?」 「無理。絶対にありえない」 「何で? お前、三矢のこと嫌いなの?」 「好きか嫌いかと言われたら好き。でも、そういう問題じゃない。つーか、男ですよ」 「お前らいっつも一緒にいるじゃん」 「幼なじみなんで」 「しょっちゅう三矢に抱き着かれてんじゃねーか」 「あいつアホなんで。体で感情を表現するタイプなんですよ」 「毎日、三矢の愛妻弁当食ってんじゃん」 「あいつが勝手に持ってくるから。……あと、メシはうまい」 「きーりーのーちゃん」  と、先パイは呆れたように言う。 「もっと、自分の気持ちには素直になった方がいいんじゃないの」 「……は?」  その言葉に、俺は首を傾げる。 「俺はどうやって断ったらいいかを相談してるんですけど?」 「そんなん無理だろ。お前に振られたら三矢はへこむぞ。再起不能になるぞ」  そんなことは……ありえる、から困るな。  涼はバカでアホで、どうしようもないヘタレだ。15年近く付き合いのある俺だから断言できる。  付き合っている相手に振られたりしたら、あいつはもう立ち直れないくらいにダメになる。こないだなんて、「お気に入りのお菓子が売り切れで買えなかった」とかって俺に泣きついていたようなへたれ男だぞ。 「どうしたらいいんだか……」  と、ため息を吐く俺に、 「だから、付き合っちゃえばいいじゃん」  先パイは無責任に言い放ち、親指を立てる。  ダメだこの人。  海老原先パイに相談した俺がバカだった。

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