1 / 6
第1話
俺はため息を吐き、覚悟を決めた。
「わかりました……。やります。やりますよ」
その言葉に、先パイはにやりと笑う。
「よーし。じゃあ、次にあの角を曲がって来た相手にな」
と、楽しそうに指を差す先パイ。
俺はそちらに視線を向けて、まだ見ぬ相手に心の中で謝罪した。
これから俺に告白される誰か。ごめん。罰ゲームなんだ。こういうのは第3者に迷惑をかけるべきではないと思うけど、男に二言は許されない。やると約束してしまったからには、それを破るわけにはいかないんだ。
こうなってしまったのは、俺が先パイとの賭けに負けたからだった。サッカー部の先パイと、W杯の決勝戦でどちらが勝つのか、賭けをした。負けた方は、勝った方の言うことを1つ聞く。そういう約束だった。
そこで先パイが言い出したのは、『次の角を曲がって来た相手に告白をする』なんていう、ふざけたもので。関係ない人に迷惑をかけるわけにはいかないから、俺も抗議を試みたものの、先パイは頑として譲ってくれず。
仕方なく、俺はそれに従うことにしたのだった。
まだ見ぬ誰か、ごめん。告白した後は、即行でこれが「罰ゲーム」であることを教えるから。
そう思いながら、その相手を待っていると。
足音が近づいてきた。
来た。
心臓が高い音を立てる。気持ちのこもっていない告白とは言え、緊張する。
どうか、冗談の通じる相手でありますように。
そう祈りながら待っていると、その人物が角から顔を出した。
俺はそいつを見て、唖然としてしまう。
「拓海 、こんなところで何してるんだ?」
そいつは俺のよく知っている相手だった。
三矢涼 。同じサッカー部で同級生。さらに言えば、幼稚園からの腐れ縁。いわゆる幼なじみって奴だ。
これはラッキー。
相手が涼なら、問題ないだろう。
俺に告白なんてされても、呆然とするだけだろうし。それが罰ゲームだったとわかれば、きっと笑い飛ばしてくれるにちがいない。
こいつ相手なら緊張することもない。無駄に付き合いが長いせいで、お互いのことは知り尽くしている。もはや兄弟みたいなもんだ。
その言葉はするりと口を吐いて出た。
「……お前のこと、好きなんだけど」
涼は唖然としている。目を見開いて、俺の顔を見る。
予想通りの反応だ。後はネタばらしをして、笑い話に変えてしまおう。
俺が口を開きかけた。その時だった。
「おっ……俺も好きだよ、拓海いいいい!」
なぜか涼は赤くなりながら。
なぜか俺の手を痛いくらいに握りながら。
とんでもないことを言いだした。
今度は俺が唖然とする番だった。
うん……ちょっと待とうか。
「いや……涼……悪いんだけどさ……今のは……」
「俺もずっとお前のことが好きだったんだ!」
「だから……ちょっと待って……」
「好きだよ、拓海! 大好き!」
話を聞け!
だから、待てっつってんだろ!
そんな俺の心の声なんぞ露知らず、涼はバカみたいに抱き着いてくるのだった。
おい……なんでこうなった。
「いやー。晴れて両想いとは。よかったなあ、桐野 」
先パイの言葉に俺は憮然と返した。
「よくない……。まったく、よくない」
あの後、なぜか涼と付き合うことになってしまった俺は、一緒に帰ろうとしつこく誘って来る涼を振り払い、顛末を先パイに報告しているところだった。
俺にふざけた罰ゲームを強要して来た男は、サッカー部の一つ歳上。海老原 先パイ。通称、エビせんである。
先パイはもう、心底楽しそうにしている。ほんと他人事だな。
「どうしたらいいんですか……これ」
俺は頭を抱えた。
涼と付き合う? あり得ない。幼なじみだぞ。つーか、男だぞ。
俺の気持ちなんてどこ吹く風で、先パイはお気楽な口調で言う。
「そりゃもう、付き合っちゃうしかねーじゃん?」
「無理。絶対にありえない」
「何で? お前、三矢のこと嫌いなの?」
「好きか嫌いかと言われたら好き。でも、そういう問題じゃない。つーか、男ですよ」
「お前らいっつも一緒にいるじゃん」
「幼なじみなんで」
「しょっちゅう三矢に抱き着かれてんじゃねーか」
「あいつアホなんで。体で感情を表現するタイプなんですよ」
「毎日、三矢の愛妻弁当食ってんじゃん」
「あいつが勝手に持ってくるから。……あと、メシはうまい」
「きーりーのーちゃん」
と、先パイは呆れたように言う。
「もっと、自分の気持ちには素直になった方がいいんじゃないの」
「……は?」
その言葉に、俺は首を傾げる。
「俺はどうやって断ったらいいかを相談してるんですけど?」
「そんなん無理だろ。お前に振られたら三矢はへこむぞ。再起不能になるぞ」
そんなことは……ありえる、から困るな。
涼はバカでアホで、どうしようもないヘタレだ。15年近く付き合いのある俺だから断言できる。
付き合っている相手に振られたりしたら、あいつはもう立ち直れないくらいにダメになる。こないだなんて、「お気に入りのお菓子が売り切れで買えなかった」とかって俺に泣きついていたようなへたれ男だぞ。
「どうしたらいいんだか……」
と、ため息を吐く俺に、
「だから、付き合っちゃえばいいじゃん」
先パイは無責任に言い放ち、親指を立てる。
ダメだこの人。
海老原先パイに相談した俺がバカだった。
ともだちにシェアしよう!