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第2話
涼とは物心ついた頃から一緒にいた。
幼い時の涼は、亜麻色の髪が柔らかく首回りにかかっていて、顔立ちもかわいかった。女の子みたいだとよく思ったものだ。性格もおとなしめで、常におどおどとして、俺のことを「たくみちゃん」なんて呼んでいて、何かあるとすぐに泣き出すような、まあ、面倒くさい奴だった。
それが高校生にもなれば、変わるもんだ。
いつも俺の背に隠れていた涼は、中学生になった頃からぐんぐんと身長が伸び、俺を追い抜くようになった。優しげな目元に女顔は変わらず、そのまま成長したもんだから、テレビに映るアイドルみたいな見た目になってしまった。実際、そうとう女受けがいいらしく、しょっちゅう告白されている。
「涼くーん」
その日も涼はハートマークを散らした女子群に囲まれていた。
それに涼は愛想よく対応している。優しい奴だから、適当にあしらったりすることができないんだよな。
とにかく、いつも通りの光景だ。昨日、あんなことがあったとはとても思えない。このままなかったことにはできないだろうか。
俺がそんなことを考えながら、机の上でだれていると。
「拓海、お昼行こう」
涼が俺の席へとやって来た。
そういや昼休みだったか。いろいろなことを考えていたら、時間の感覚が狂う。
俺は涼といつものように屋上に向かった。
「はい、今日のお弁当」
「サンキュ」
高校に上がってから、涼はお昼に弁当を持ってくるようになった。それも自分で作っているらしい。ある日、おかずを分けてもらうと、それがめちゃくちゃうまかったので涼にそう伝えた所、「それじゃあ、明日から拓海の分も作ってくるよ!」と。それ以降、涼は毎日、律儀に俺の分まで弁当を持ってくるようになったのだ。
蓋を開けると、彩り綺麗におかずが並んでいる。
こいつ、その辺の女子より女子力高いんじゃねーの……。
その中の1つに俺の好物を見つけた。
「お前のからあげ好き」
何気なく言うと、涼は赤くなって口元を抑えた。
「拓海が……! 俺のこと、好きって……!」
「『お前のからあげ』な。お前じゃなく」
冷静につっこんでみたが、涼には聞こえていないみたいだった。真っ赤になって悶えている。涼にのぼせ上っている女子たちには、今の姿はちょっと見せられたもんじゃない。
やっぱり、昨日のことはなかったことにできないようだ。
これ以上つっこんだら藪蛇になりそうなので、俺は話題を変えた。
「それより飲み物は?」
「あるよ。はい、牛乳」
涼は紙パックをとり出す。そして、当然のようにストローを出して、飲み口にさそうとする。
そこで俺は気付いた。
あれ? 俺もしかして、こいつに世話を焼かれすぎじゃね?
「自分でやる」
と、紙パックを取り上げると、涼はしょんぼりとした表情をする。
おい。何でちょっと残念そうなんだよ。
俺はそれを見なかったことにして、ストローに口をつけた。
涼も隣で自分の弁当を広げ始める。だが、弁当には手をつけず、落ち着かない様子でこちらを見てくる。何か言いたそうだ。言おうか、どうしようか。迷っている様子が手に取るようにわかる。
さっさと言えよ! 面倒くさい。
「何だよ」
と、促してみる。涼は「意を決しました!」と言わんばかりの表情を浮かべ、口を開いた。
「その、拓海……昨日……」
おっと、藪蛇だった。
「つーか、すげーメッセージ来てるぞ」
俺から催促したのに、さらりと遮って、涼のスマホを指さした。先ほどから何度も画面にメッセージアプリのポップアップが来ている。
たぶん全部、女子からだ。涼はちょっとだけむっとした顔をして、スマホを取った。
何気なくその画面が目に入り――俺はミルクを吹き出した。
「ぶっ!」
「拓海、大丈夫か!?」
「お前の頭が大丈夫かー!」
と、涼からスマホを奪い取る。
「何だ、この待ち受けは!」
「かわいく撮れたかなあ、と」
画面を示しながら詰め寄ると、涼は悪びれもせずにへらりと笑う。
待ち受け画面があろうことか俺の写真だった。授業中、机の上で居眠りをしている姿。
こんな写真いつ撮ったのか。
「消せ! きもいから!」
スマホを操作して、画像データを開く。
画面を見て、眩暈がした。その1枚だけでなく、俺の写真が何枚か保存されていたのだ。
しかも、ほとんどが隠し撮りくさい。
「全部、消去な」
「ちょ……! 拓海、ひどいよ!」
「お前の方がねーよ。きもいっつーか、ドン引きなんだけど」
「えっ……ご、ごめん」
と、涼は目を伏せる。
「俺……昨日、拓海からあんなこと言われたのが嬉しくて。浮かれちゃってごめん……」
その言葉が胸にぐさりと突き刺さる。
いや、あれ……罰ゲームだったんですけど……。
なんて、とてもではないが、言い出せない。
「……いいけど。でも、待ち受けはやめろよ」
申し訳なさに胸を締めつけられて、俺は涼にスマホを返した。
「ありがとう。その、拓海……」
すると、涼は照れたように笑いながら言う。
「大好きだよ」
「ぶっ!」
俺、ミルク吹き出す。2回目。
むせ返りながら声を上げた。
「そういうことは、何度も言わなくていい!」
「ごめん。昨日、俺、本当に嬉しくて……俺の気持ちがちゃんと伝わったかどうか自信がもてなくてさ。もう一度、言っておこうかなって」
真剣に話す涼を見て、俺の心臓はバクバクと鳴っていた。
やばい。
こいつ、本気だ。
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