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第3話
涼とは親同士が仲良く、小さい頃から家族ぐるみの付き合いをしていた。
幼い涼が女の子みたいな見た目をしていたこともあり、三矢のおじさんには冗談で「拓海くん、将来は涼のことお嫁さんにしてやってくれよ」なんて言われたこともある。ちなみに、その時の俺はよく意味も分からず、「うん!」と返事してしまっていたが……。
それがまさかこんなことになろうとは。
さて、困った。涼のことは今までただの友達だとしか思ってなかったのに。
別に涼が嫌いなわけではない。むしろ、好きだ。ただしそれはあくまで友人として。付き合うとなると話が別。確かに涼はかっこよくなったし、料理上手だし、優しいけど。その上、成績優秀で、運動神経もいいし……って、こうして並べてみると、けっこうな優良物件だな。何で俺なんかに惚れてるんだ、あいつ。
とにかく、何もなかったことにして、前のような友人関係に戻りたい。
そのためにはあれが罰ゲームだったことを言わなきゃいけないんだけど……。
どうやって伝えるのがいいんだろう。悩み続けて、言い出せないまましばらく過ぎてしまった。
その間、涼は今までと特に変わったことはしてこなかった。お昼は一緒に弁当を食って、放課後は部活に励んで、帰りは一緒に帰る。そんな代わり映えのしない毎日が続いていた。
「あのさ、拓海」
その日も涼と下校を共にしていた。分かれ道に差しかかったところで、涼が声をかけてくる。
「明日って暇?」
「ああ、暇だけど」
次の日は土曜日。特に予定もない。
そう答えると、拓海は真剣な表情でこちらを見た。
夕暮れ時の住宅街。沈みかけた太陽が、町全体をオレンジ色に染めている。涼の頬が赤いのは、きっと夕日のせいだよな?
「じゃあさ、家に来ない?」
そう言われて、俺は少しだけ悩んだ。
涼の両親は医者と看護師。土曜は仕事で、家にいないことがほとんど。ということは、家で2人っきりになるというわけだ。
涼とは幼なじみだし、2人きりなんていう状況は今まで数えきれないくらいあったけれど。
でも、今はただの親友じゃない。不本意だが、付き合っている状態である。
これが男女の関係であれば、いろいろと気を付けなければいけないようなあれこれが……主に、貞操の危機的な意味で。
いや、でも、まさかな。だって、あの涼だぞ? へたれ大王だぞ。2人っきりになったからって、突然、手を出してくるような気概を持ち合わせているとは思えない。
草食男子、という言葉が一時期はやっていた。それはもう、涼のためにあるような言葉だと思う。草食男子の中のキングと言っても過言ではない。見た目はもちろん、性格まで完璧なまでのかわいい子ヒツジちゃん。それが俺の幼なじみだ。
というか、俺だって男だ。か弱い女の子じゃない。
万が一、涼が襲って来たりしたら殴って黙らせよう。うん、それがいい。
そう結論付けて、頷いた。
「おう。じゃあ、また明日な」
軽く手を振って、俺は涼と別れた。
次の日の昼下がり。俺は涼の家を訪れていた。
「拓海。いらっしゃい」
ドアを開けて、にこりと笑う。なぜかエプロン姿の涼。
そして、家の中からはほんのりと甘い匂いが漂って来る。俺の訝しげな視線に気付いたのか、
「今、ケーキを焼いてたところなんだ」
と、照れたように笑う涼。
その言葉に俺は唖然とした。
こいつの女子力! そして、新妻感がとどまることを知らない。
涼が自分の部屋に切り分けたケーキを運ぶ。そのケーキを見て、俺はますます驚く。店で買った奴みたいな綺麗なショートケーキだった。
「何でケーキを?」
そのケーキを眺めながら、尋ねてみる。
今日は何か特別な日だったか? 俺の、そして涼の誕生日というわけでもないけど。
すると、涼はわずかに顔を赤くして、
「べ、別に理由なんてないけど……たまたま思いついただけっていうか」
「そうか。で、本当のところは?」
「うー……だからさ……」
気まずそうに目を逸らしながら、小さな声で言った。
「前に拓海が女の子から、『どんな子がタイプなの?』って訊かれたことあったろ。その時の拓海が、『自分でケーキ焼けるくらい、料理上手な子』って答えてて……」
言ったっけ。そんなこと。あー。そういえば、中学の時にクラスの女子に好みのタイプを聞かれて、何となくそんなことを言った気もする。よく覚えてんなこいつ。
つーか、あんな適当に言ったことを本気にして、わざわざケーキ作りにまで手を出すとは。
うん……愛が重い。
しかも、
「……うまいよ」
質の悪いことに、涼の手作りケーキはその辺のケーキ屋で買ってきた代物よりはるかにうまかった。
初めてでこんなうまいケーキが作れるわけないし、もしかしなくても練習したんだな。やっぱり愛が重いよ、涼。胃がもたれてきたような気がするのは、甘ったるいケーキのせいではないだろう。
俺の言葉少なめな賛辞でも、
「そっか、よかった」
涼はパッと笑顔になる。
犬みたいだと思った。飼い主に褒められて、思い切りしっぽを振っている犬。その心底嬉しそうな顔を見ていたら、俺は言葉につまってしまった。
いつ言えばいいんだろう。あれは罰ゲームだったんだ、本気じゃなかったんだ、って。このまま機会を逃し続けていたら、ずるずると深みにはまってしまいそうだ。
フォークをくわえながら、そんなことをぐるぐると考えていると。
「拓海、クリームついてる」
涼は俺の頬を指で撫でると、そのまま自分の口元へ持って行った。
何だ、その恋人っぽい行動! って、今の俺たちって恋人同士ってことになってるんだっけ。
俺は顔をしかめて、後ずさった。
「……つーか、近い」
俺のすぐ隣に涼は座っている。友人関係であった時にはなかった距離感だ。すると、涼はハッとして少しだけ離れた。正座して、膝の上に両手を置く。
「ごめん……。拓海がかわいくて」
むせ返りそうになった。
そんなストレートに言わないでほしい。
そして、こいつの目には俺が一体どういう風に映ってるんだ。かわいいって。いたって健康な高校男児だぞ。そう形容されるのは抵抗がある。
確かに涼に比べれば、ちょっとばかし身長が足りないかもしれないけど。つり目がちなため、目付きが鋭いと言われることの方が多い。
ケーキを食べ終わった後も、涼は距離感がおかしかった。俺の隣に座って、じーっとこちらを見つめてくる。
そんなに見られたら、穴が空くんですけど?
「……何だよ」
「その……キスしてもいい?」
そうくるのか……。
「やだ」
俺は顔をそむけて、きっぱりと言った。涼は押しが弱いから、俺が拒否している以上、無理やりになんてことは絶対にしてこないだろう。
案の定、涼は無理強いはしてこなかった。しょんぼりと言った様子でうつむく。
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