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第4話〔完結〕

 そんな表情を見ていたら、悪戯心が湧いてきた。つい意地悪してみたくなるというやつだ。 「だって、お前、俺を満足させられんの?」 「え……」 「下手くそだったら、一生笑ってやるよ?」  どうせ、泣きそうになって「そんなの無理だよー……」とか言うにちがいない。その顔を笑ってやろう。  そう思っていたのに。 「わかった。俺、必ず拓海を満足させてみせるから」  涼は真剣な表情で言い切った。  何だよ、その態度。こんなに男らしい顔をするとこなんて、今まで見たことない。だって、こいつは泣き虫で、いつも俺の背中に隠れているようなへたれで。  考えられたのはそこまでだった。ぐいっと体を抱き寄せられる。そして、口をふさがれた。 「…………はっ、……」  驚いて、口がわずかに開く。その隙間を縫って、舌が入って来た。くちゅり、と聞こえる水音が生々しい。 「ん……!」  咄嗟に涼の肩を叩いて、抗議する。しかし、強引に腰を抱き寄せられ、身動き取れなくなってしまった。  熱い。こいつの舌も、痛いくらいの力で抱きしめてくる胸元も。それとも熱くなっているのは、俺の体の方か? 口内をかき回されて、ぞくぞくとしたものが背中を駆けめぐる。 「……はぁ……」  キスの上手い下手なんてよくわからないのに、体の芯の部分がカッと熱くなって、「きっとこいつキス上手いんだろうなあ」と回らない頭で思った。  涼のくせに。へたれのくせに。キスが上手いなんて、似合わない。むかつく。  やっと口を解放された時は、のぼせたようになってしまっていた。  やばい。力、入んない。  離れていく唇と、俺の唇の間を透明な糸がつなぐ。何これエロい、なんてことをぼんやりと考えながら、その光景を見ていた。  突然、まったく知らない別人になり替わったような親友が、ごくりと喉を鳴らした。 「拓海、今、自分がどんな顔しているかわかってる? そんな顔されたら、俺、とまんないよ……」  は? と、顔を上げたのも束の間。視界が回って、俺は頭を床にぶつけた。  涼が俺の上にのしかかってきて、ようやく危機感を覚えた。  唇がもう一度重なる寸前。俺は何とか声を出した。 「あの……涼……! こないだの告白……あれ、実は罰ゲームで……」 「知ってる」  こいつとは腐れ縁で。15年以上の付き合いがあって。好きなものや嫌いなものやら、何でも知っているような仲で。  それなのに。  こいつにこんな一面があったなんて、俺は知らない。 「でも、こんなチャンスでもないと拓海には近づけないから」  そう言って、俺の知らない顔で涼は笑う。 「俺、もう逃がすつもりないよ?」  歯を剥いて笑う。完全に獲物を見定めた、肉食獣の目つきだった。  こいつは動物に例えるなら、ヒツジって言った奴。  ちょっと出て来い。お前は大変な思い違いをしている。  こいつは、ヒツジなんかじゃない。ヒツジの皮をかぶった狼だ。くそったれめ。 「んっ……ぁ……」  不意に上がった声は自分の物とは思えないくらいに、艶っぽいもので。俺は慌てて唇を噛んだ。  すると、涼はわざわざ動きを止めてまで、顔を覗きこんでくる。 「拓海、声、抑えないで。ちゃんと聞かせて」  そう言って、頬を撫でる手つきはひどく優しいものだった。  その顔を俺は思い切り睨み付ける。 「くそ……! 後で、覚えてろよ……っ」 「うん、ごめん」 「あ……くっ……! あ……」  止まっていた動きが再開して、俺は思わず声を漏らした。  激しく突き上げられて、目の前に星が散る。こいつ、ほんと容赦ねーな。  熱い、苦しい。うまく呼吸すらできない。  くらくらする頭で、俺を組み敷く男の顔を見ると。 「ごめんね……拓海」  それは今にも、泣き出しそうなほどに歪んでいた。  意味……わかんねーよ。  さっきまで強引で、勝手で。無理やりキスしてきて、人の服を剥いで、あちこち触って。無理やりイかされて、気付けばラグの上からベッドへと運ばれて。無理やり後ろをほぐして、つっこんで来た。  野獣みたいな野郎が。  何でそんなにつらそうな顔をするのか。  わからずに、俺は何も言えなくなってしまった。激しく揺さぶられるのに耐えるため、シーツを握る。  後で覚えてろよ、こいつ。絶対、殴る。  と、そう心に決意しながら。  きーんこーんかーんこーん。チャイムが鳴る。それを俺はぼんやりと聞いていた。その時だけでなく、今日はずっとこんな調子だ。呆然自失。口から魂、抜けちゃってるかもしれない。  つーか、体のあちこちが痛い。そして、すさまじく眠い。  そんな半分死んでいるような状態で、午前中を過ごした。 「ねえ、ねえ、涼くん!」  昼休みになった途端、クラスの女子が嬉しそうに涼の周りに集まる。 「今日の放課後あいてる? 一緒にカラオケ行こうよ」 「ごめん、行けない」  爽やかな笑顔を浮かべ、涼は首を振る。 「俺、付き合っている人がいて、その子のこと大切にしたいから、そういうのはもう行けないんだ。ごめんね」 「え……!?」 「う、嘘でしょ、涼くん!」 「いったい誰なの!?」  騒然となる教室。中には目じりに涙を浮かべているような女子までいる。  どんだけ人気者なんだよ、こいつは。  不意に涼がこちらを見て、にこりと笑った。その笑顔になぜだか頬が熱くなる。くそ、何なんだよ。 「拓海。お昼食べよ?」  赤くなってしまったことを気付かれたくなくて、俺は乱暴に席を立った。 「……今日もちゃんと、からあげ入れといたんだろうな」 「もちろん。牛乳も買ったよ」  そう言って、ほほ笑む涼は、どこぞの王子様か! というくらいに爽やかで。  ベッドの中で見せたあの獰猛な感じは欠片もなかった。自分の幼なじみの実態がつかみ切れずに、俺は頭が痛くなった。  それにしても。  何で俺が拒まなかったのかって? 涼がキスして来た時も、押し倒してきた時も。なんなら、ベッドへと移動する間も。拒否する間ならいくらでもあった。  ふざけんな! って言って、殴りつけて、逃げ出してしまえばよかった。  でも、俺はそうしなかった。できなかった。  何でかっつーと。  知るかよ。  くそったれ、め。

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